囚人番号205 佐伯美里

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囚人番号205 佐伯美里

 最後の審判が下って、私は死刑囚となった。この国で最も重い極刑。現住建造物等放火罪。家族だけじゃない、アパートの他住民まで巻き添えにして私は自宅を全焼させ名実ともに殺人犯になった。おかしいなぁ、こんなはずじゃなかったんだけど。  あの日は特に疲れてて、お父さんとお母さんは寝た切りだし、妹から預かってた子供たちのためにカレーを…カレーを温めているうちに眠ってしまって……あれは失火だった、の、に。もちろん私の部屋に監視カメラなんてないし、証言してくれる人なんて誰もいない……おまけに肝心の妹は 「パパとママの保険金が目当てだったんでしょ!はなびときらりも巻き添えにして殺すなんて、あんたなんてもう家族なんて思わない!!極刑を望みます!!うえええええん!!」  と、法廷で泣き崩れる始末だった。もとはと言えば、ブラック企業での残業の日々に両親の介護、そこに毎度毎度出会い系だのSNSだので知り合った男との夜遊びのために自分の息子と娘を押し付けたあなたにも非があるんじゃない……そう言いかけたけれど、もうこれ以上何を言い返しても私が悪者になるだけだ。私に非がある証拠しか出てこないのだもの。 「私が、やりました……私が、両親の介護や子供たちの面倒を見るのに疲れて……自棄を起こして……心中を……」  そんな噓の自白が通って、今私はここにいる。  死刑囚が入る刑務所は限られていると本で読んだことがあるけど、本当に少数精鋭、って感じだった。思ったより静かで、皆息を殺している感じがした。最初は刑務官が入ってきたから怖いのかな、なんて思っていたけど、段々理由がわかってきた。 (ああ、刑務官が自分の死刑を告げに来たと思っているのね)  いつ告げられるかもわからない自分の死。それを恐れ続けるという無間地獄。無期懲役よりも恐ろしいゆえんだろう。ある朝刑務官に起こされて、そのまま出房したっきり――本当の殺人犯ならある程度キモが座ってるのかもしれないけれど、私みたいな冤罪……私は自らでっちあげただけだけど、それこそ警察に嘘を言わされた人だったら、やりきれない。そんなの。 「差し入れがあったらまた持ってくるから。朝の点呼や朝食には遅れないこと。あなたは家族から拒否されてるから、書簡のやり取りも禁止ね」  たまには運動場に出られるから、と一抹の慰めのように刑務官は呟いて去っていった。そりゃあ、こんなくたびれた枯草みたいな女が死刑囚なんて、慰めの一言も言いたくなる、か。  思ったより室内が綺麗でよかった。縦長の室内は、畳敷きで机もあるし、監視カメラが天井にあって恥ずかしいけどトイレと洗面所も綺麗。ただ、扉はいかにも檻、と言う感じでがちがちに締められて、もう外が見えないくらい厳重に締められていて気が滅入る…… 「おい、あんた今日入った新入りか。死刑か。お仲間だな。うけけ」 「ひぃ」  いきなり、背後から声がして壁から背を浮かせた。いつの間にかもたれていた壁越しに、誰かが口をくっつけて話しかけている。ハスキーに掠れた、もしかしたらお婆さんや男の人にも聞こえるかもしれない声。 「あーしはお隣、囚人番号204号尾瀬遥だよ。知らん?花火大会での19人連続殺傷事件……通称無敵のババア事件。結構SNSでぶっ叩かれたんだがなー、相手もある程度絞ったし」  花火大会での19人殺人事件……S川花火大会大量殺人事件!!確か数年前にあったことを覚えている。まあ、ブラック企業勤めの自分に花火大会など無縁だったのだが、妹が 『どうしよー、むちゅことむちゅめ連れてオンスタ映えする花火大会の動画撮ろうと思ったのに……てか19人も殺すとか怖すぎ。陰キャの復讐かよ。どうせまた精神鑑定で■■■■無罪になるんでしょー』  とぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喧しかったのを覚えている。そして逮捕された女性は、一瞬だけテレビで見たが、思ったよりも幼げに見えた。年齢は二十代である自分よりも幼く鈍重な十代の少女に見え、鬱蒼とワカメのような緑色に染めた中途半端なセミロングを垂らして笑っていた。二十顎の小太りの顔は微かにしか見えず、不気味さが極まっていた。しかし年齢は自分のはるか上、四十代と知り腰を抜かしたのを覚えている。あんな幼稚な犯行を、四十代が……信じられなかった。四十代なら、もっとちゃんとした姿で、もっとちゃんとして家庭を養って……。 「びっくりした、て感じだね。そりゃそうか。あんなババアで19人も殺したんだから。しかも理由が『幸せそうで気に食わなかったから』とか身勝手だよな。『犬神憑きだから殺してもいいと思った』とか意味不明なことを言った、ともお叱りを受けたな。へへ、死出の旅路の土産にしてやろうか。あんたは優しそうな人間だから、信じてくれそうだ」  一瞬、尾瀬遥の声が震えた気がした。しゃがれたその声は相変わらず小憎らしかったが、手出しもできない、安全な場所のはずなのに「嫌」とは言わせない迫力のようなものがあった。 「あんたさ、犬、飼ったことある?」  尾瀬遥は、私に問うた。
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