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殺人犯 尾瀬遥
私は、というか私の家は、わたあめの死からすっかりばらばらになっちまったよ。とーちゃんとかーちゃん……を、私はいつの間にか「親父」「お袋」と呼ぶようになったし、兄ちゃんのことは「アレ」とかそんな風に呼ぶようになった。親父とお袋は元々素行がよくっていじめも受けていなかったアレの方を取って、そっちの方に身を寄せた。私は薄給の工場でライン工をしながら寮暮らしだった。
わたあめの骨はほんの少しだけ、牙一本だけを貰って追い出された。あの家にはもう戻れない。私の代わりに、あの家にはアレの彼女がおさまりアレの彼女はすぐに「嫁さん」になった。私は結婚式に呼ばれなかったし、薄給の中で祝電を打とうとしたら
「お前はもう駆け落ちしたことになってるから、しゃしゃり出て来るな。寮で独り暮らしなんて紹介できん。向こうは一応役所勤めなんだから」
と一蹴された。アレもいつの間にか国家公務員だったし。よくよく考えたら親父も国家公務員の類だった。お袋は専業主婦だった。
私は――家の中で落伍者になっていた。ヒエラルキー外の存在になっていた。わたあめは私をヒエラルキーの中に入れてくれたのに。私は、もうこの家族には居場所がない……私は泣く泣く寮に戻った……だけでは終わらなかった。
「犬神憑き!」とボコボコにされた日々。それもこれも、アレの成績がよかったり、親父とお袋が順風満帆なのをクラスのヒエラルキー上位の連中に妬まれたからだ。私がいじめられたのも、全部全部家族のせいだ。わたあめだけが優しかった。わたあめだけが味方だ。犬神として、私を守ってくれるはず。私の復讐を許して守ってくれるはず!!私は号泣しながら、布団に食らいついて唸り声を上げた。
復讐だ。復讐をしてやる。私には許される。
折しも外国由来の不況の波が押し寄せ、私は派遣切りに遭った。家賃が尽きる前に、有り金が尽きる前に、ありったけの刃物を買い集め、せめて、あの奴墓村のモデルになった都井睦雄のように一矢報いてやろうじゃないかって、やけくそになってさあ……季節は巡って夏になってたんだ。
私たち家族は夏になるといつも、S川の花火大会に行ってた。親父のコネでゲットできたシートでいつも一等地から見てられる。それが幸せだと、信じてたのに。私は最期の煙草を――メビウスのオプション8を吸い終えて、尾瀬家のシートに殺到した。ああ酒?酒飲んでたら何やってるか曖昧になって実感がわかないだろ?復讐の実感を得たかったんだよ、私は。メイテイしてちゃいけなかったんだ……あんた、本気で誰かに復讐しようと思ったことないだろ。復讐の叫びとか感触は、生々しく知りたいもんだよ。
その後は、もう忘れられない。ガッシャガッシャと背中のリュックで音を立てる10本以上の牛刀。両手に滑り止め付きで固定した牛刀でアレとその家庭を破壊する。肉料理と変わらなかったよ。両親についても。でも気は晴れたよ。大分気が晴れた。悲しくて悲しくて遣る瀬無かったけど。私の人生何だったんだ、て。「あーし」とか言って強がっていじめに立ち向かって生き延びたのに、人生の落後者無敵の人。逃げ惑うリア充だとか恵まれた人とか。あーあ本当にムカつく。本当に泣けてくる。本当に本当に……。
いつしか私は、家族を殺し終えて他の家族まで手を伸ばしていた。だって皆幸せそうで、満たされていて、何なら私をいじめてた連中もいて、私の未来なんて押しつぶされて、踏みにじられて、この幸せな花火大会は私の屍の上に成り立っている!!もう何を叫んでいるかなんてわからないし、警察なんて刃物振り回したら近づいてこられない。無敵だ、無敵なんだ、私はもう自由で、ヒエラルキーなんてなくて、誰も止められなくてもう悲しまないでよくて……。
それなのに、なんでなんだろうなあ。本当にバカ犬だったんだろうなあ。
「運命」だなんて陳腐かよ。今更、今更かよ……。
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