第40話(最終話)

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第40話(最終話)

 翌日は例の如く二人して寝不足だったが、旺盛な食欲でボリュームのある朝食を平らげて蛋白質を補い、ヴィンティス課長をガッカリさせるべく出勤した。  官舎ビルから出るなりオートドリンカに蹴りと頭突きを食らわしていた自称・武闘家の男を捕らえたのを皮切りに、七分署にシドとハイファとマル被四名の計六人で出勤すると明らかにヴィンティス課長の顔が曇った。  哀しげな課長を無視し、娘の3Dホロをニヤニヤして眺めていたヤマサキや鼻毛の枝毛を自慢していたヨシノ警部らに応援を頼み、男らを別々に取調室に入れる。  朝っぱらから合法ドラッグに酔っ払ったマル被たちは口の滑りも良く、さらさらと器物損壊や路上ストリップをウタって調書取りは終了だ。  地下の留置場に放り込む。  煙草を吸いながら泥水コーヒーを飲みつつ溜まっていた電子回覧物を処理したシドは、おもむろに立つと椅子に掛けていた対衝撃ジャケットを取り上げた。 「ハイファ、外回りだ。行くぞ」 「ヤー」  いっそ悲愴になったヴィンティス課長のブルーアイを空気の如く見て見ぬフリをし二人は署から出る。出るなり突っ込んできた暴走コイルの前部にシド、レールガンを連射。  有効射程五百メートルを誇るマックスパワーで放たれたフレシェット弾は反重力装置を破壊し、そのストッピングパワーは歩道に乗り上げた所でコイルを止める。  十五秒で出てきた交通課に丸投げし、二人はショッピング街に向かい歩き始めた。  喧嘩の仲裁をし、貴金属店強盗二人の包丁を持った腕を撃ち落として病院送りにして実況検分を終わらせると、また歩き出す。  大通りを渡って右手の公園では職務質問(バンカケ)を二回。二回目はIDにヒットなし。入管にも記録がなく、ということは不法入星者でヤマサキを呼んだ。 「シド先輩。課長が腹、壊したみたいでトイレと往復しながら唸ってるっスよ」 「それがどうした、俺とは関係ねぇよ」 「そうっスかね、みんなで賭けてるっスよ」 「課長の腹具合をか? 趣味悪ぃな、おい」  どうやって賭けの結果を証明するんだと首を捻りつつ、更に二人で歩き回った。  裏通りにあるリンデンバウムという馴染みの店で昼食を摂ったあとには、合法ドラッグ店から走り出てきた集団万引き犯二十四名を青少年課に引き渡していた。  さすがの体力勝負プラス時間を食って疲れたのでデカ部屋に戻り、貴金属店強盗の際の発砲で警察官職務執行法違反の始末書A様式を打ち出して埋め、報告書と一緒に捜査戦術コンに流すと丁度課業終了時刻だ。  十七時半にはさっさとデジタルボードの名前の欄を『自宅』にする。  官舎地下ではひったくりを押さえ、深夜番のマイヤー警部補に引き渡した。 「あー、今日も『仕事したー』って感じだよねえ」 「そうか? まあ、死人が出なくて幸いだったよな」 「これでこそイヴェントストライカ。ヴィンティス課長、泣きそうだったよ。トイレ通いも忙しいみたいだったし。あのクサい胃薬って効かないのかなあ?」 「胃腸の培養移植でもすりゃいいんだ、可愛い部下を別室に売り飛ばす鬼畜は」  夕食を終えてそれぞれの定位置である独り掛けソファにシド、二人掛けにハイファが腰掛けてブランデーを垂らしたコーヒーを飲んでいた。 「ヒマだな」 「そうだね、疲れすぎてすぐには眠れそうにないよ。あ、ちょっと待ってて」  立ち上がるとハイファは自室に帰って行った。戻ってきた時にはチェスのセットを手にしている。見慣れた箱と二つ折りのボードは大切な友人との思い出が詰まった宝物だ。  ハイファが開けた箱の中から駒のひとつ、白いナイトをシドはつまみ上げる。掌の上で幾度か転がした。そして立つとキッチンからグラスを三つ持ってくる。  リビングのサイドボードからウィスキーを取り出し、グラスに少しずつ注いだ。  ロウテーブルに置いたグラスに二人はそれぞれグラスを軽く触れ合わせてから口をつける。肴は以前にハイファが作り置きしていたクッキーだ。 「ハイファ、お前はあんまり飲むなよ。ゲームにならなくなる」 「分かってるよ。……あれ、何これ?」  二つ折りのチェス盤を開いたら小さなものがカチャンとロウテーブルに落下したのだ。見るとそれは五ミリ角のキューブ状外部メモリ、MB――メディアブロック――が一個だけ収まったプラケースだった。  五センチ掛ける二センチくらいのそれにロックは掛かっておらず、ID照射の要求もなくすんなりと開く。  MBをハイファが自分のリモータの外部メモリセクタに入れて内容を表示させた。  小さな画面にライトグリーンの文字が浮かび上がる。そのままでも読めたがハイファは慌てて十四インチホロスクリーンを立ち上げた。 【おそらくこれを見るのはきみたちだと思って記す。……この身はどうあろうと思索は自由だった。僕は自由に生き、自由に死ねたのだと思って欲しい。満足だ、得難い友人も得て……ラヴ。ルース=ワイアット】 「ルース……いつの間にこんなメッセージ」 「裏に張り付けてあったみたいだな。チェスの師匠は自分の最期も読んでたか」  グラスを運ぶシドの左手首が震えた。リモータ発振だ。 「署から呼び出し?」 「違う。エラリーからメールだ。ダイレクトワープ通信とはまた張り込んだもんだ」  遥か遠くからタイムラグなしで届いたそれを二人して覗き込む。 【シドさん、ハイファスさん。わたくしたちは全員、たった今コロニー・ニオルドに戻ったところです。テラ連邦議会から派遣された医師により催眠状態からも脱しました。そして医師によると恥ずかしながら妻ジャニスはわたくしの子を身ごもっているそうです。薬剤の影響もなく順調で現在妊娠四ヶ月です。大変お世話になりました。まずは報告まで。――エラリー=ナッシュ】  何処までも礼儀正しい男を思い出し、二人は顔を見合わせて笑った。 「移植も大事だけど、もっとすごい究極の人体組成をエラリーたちが為しちゃった」 「確かにそう考えるとすげぇな。エラリーがパパか、ふえーっ!」 「赤ちゃんから、あんないいパパを奪わなくて済んで良かったね」 「俺たちが関与できたことは今回、殆どなかったけどな」  そこでふいに真顔になったハイファが訊く。 「出会えて、知って、良かったんだよね?」 「当たり前だろ、何が『Need to knowの原則』だ、『知るべき者が知ればそれ以外は知らなくていい』だよ。何もかも知らなきゃ始まらねぇ、そうだろう?」  戦い抜いた灰青色の瞳を思い出しながら、シドは力強く頷いた。                       了
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