第1話

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第1話

「あー、いい天気だよなー」  緑滴る遊歩道、砂場や遊具で遊ぶ子供たち、その目を覆う主婦、転がった半死体。 「シド、貴方暢気に空なんか眺めてる場合じゃないんじゃないの? ヴィンティス課長の血圧がまた下がってるよ、きっと」  銃を仕舞ったハイファは相棒(バディ)のシドに小言を垂れた。こちらも銃を収めたシドは、だが何も聞こえていないかの如くベンチに腰掛けて蒼穹を仰いでいる。  先程まで大暴れしていた半死体はジャンキーで、シドとハイファにナイフを腕ごと撃ち落とされた上にハートショットまで食らっていた。  だが心臓を吹き飛ばされても処置が早ければ助かるのが現代医療だ。上手くいけば二、三週間で取り調べが可能になるだろう。  これを機会に心臓だけでなく心も入れ替えて欲しいものだとシドは思う。 「署と救急に発振したのか?」 「とっくにしたってば」  シドの問いにハイファは左手首の輪っか、リモータを振って見せた。  リモータは現代の高度文明社会に生きる者には必要不可欠な機器で携帯コンでありマルチコミュニケータでもあった。更には現金を持たない現代人の財布としての役目も果たす。上流階級者はこれに装飾を施したり、護身用の麻痺(スタン)レーザーを搭載したりする。  シドとハイファ以外の同僚らが持つ武器はこれだ。  それすら殆ど使わないというのに、自分たちに限っては職務を遂行するにあたって何故銃をブチかまさなければならない。どうしてだろうとシドはぼんやり考える。  ぼけーっとシドが眺めている青空にBEL(ベル)が二機現れた。BELは反重力装置を備えた垂直離着陸機、AD世紀のデルタ翼機の翼を小さくしたようなオービタにも似た機体だ。先に白地に赤い十字をペイントした一機が降下してくる。  スキッドと呼ばれる脚部が接地する前にスライドドアが開いて白ヘルメットの救急隊員が三名飛び降りてきた。二名が半死体を抱え上げてBEL内に運び入れ、移動式再生槽にボチャンと投げ込む。ちぎれた腕もあとを追わせた。その間に隊員の一人がシドたちに駆け寄ってくる。 「ご苦労様です。ええと、シド=ワカミヤ巡査部長とハイファス=ファサルート巡査長でしたね。のちほどご連絡致しますので、その際には宜しくお願いします」  互いにラフな敬礼をすると救急隊員は救急機に乗って去った。入れ違いに降下してくる緊急機を振り仰ぎながらハイファはシドに対してからかい口調だ。 「名前、すっかり覚えられちゃったね、イヴェントストライカ」 「五月蠅いハイファ、その二つ名を口にするんじゃねぇ」  ポーカーフェイスながら気分を害したらしいシドは、ベンチに置いてあったコーヒーの保冷ボトルを手にすると自棄のようにひと息で飲み干した。  続いてランディングした緊急機からは鑑識班と共に同僚たち、太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署・刑事部機動捜査課の面々がドヤドヤと降りてくる。 「イヴェントストライカが強盗(タタキ)二件に続く本日三度目の大イヴェント開催ですね」  と、広域惑星警察大学校・通称ポリスアカデミーでのシドの先輩、マイヤー警部補が涼しい笑顔でさらりと言い、血を吸った砂場を感慨深げに見渡した。  その言葉に乗っかるようにシドの後輩ヤマサキが勢い要らんことを言う。 「シド先輩、衆人環視の発砲で警察官職務執行法違反、本日三枚目の始末書っスよ。さすがはイヴェントストライカ……あぐがっ、ががっ!」  ヤマサキに八つ当たりの関節技をキメているとシドのリモータが振動した。どうでもいい後輩を放り出してリモータ操作し、首を傾げたハイファに応える。 「ヴィンティス課長。『スグ帰レ』だとさ」 「でしょうねえ」 「お前も同罪なんだからな、ハイファ」 「そりゃあ始末書は一緒に書くけど、事実として誰もそうは思わないよ」  ベンチに座り直したシドはハイファを見上げる。  身長こそ低くはないが躰は華奢に見えるほど細く薄い。身に着けているのは上品なドレスシャツとソフトスーツだがタイは締めず。  明るい金髪にシャギーを入れ、うなじの辺りで縛ったしっぽが背の半ばまで届いていた。瞳は優しげな若草色だ。 「誰も彼もが、そのミテクレに騙されるんだよな。このスパイ野郎が」 「そこでスパイは関係ないでしょ。今はみんな本日の出来事を述べてるの。貴方が道を歩けば、ううん、表に立ってるだけで事件・事故が寄ってくる謎な特異体質なのは事実。毎日がクリティカルすぎて何年もバディがいなかったクセに」 「俺のせいじゃねぇよ。それに病院送りになった奴らもちゃんと生還はしたぞ」  だがヒマすぎて他課の下請けまでやっている機動捜査課で、誰がマゾヒスティックに命を張り、好きこのんでイヴェントストライカとバディを組みたがるというのか。  そのためAD世紀からの倣いである『刑事は二人で一組』というバディシステムの恩恵に与れず、シドは十八歳で任官して以来五年間、殆ど単独での捜査を余儀なくされてきたのだ。お蔭で危機管理能力と現実認識能力は最大限に鍛えられたが。  しかしそんな単独時代も数ヶ月前に終焉を迎えた。七年来の親友で現在はプライヴェートでも一生のバディを誓ったハイファが地球(テラ)連邦軍の中央情報局第二部別室なる、一般人には殆ど名称も知られていない機関から数ヶ月前に惑星警察に出向してきたからだ。  そう、ハイファは惑星警察刑事でありながら現役軍人だ。その二重職籍の事実は、機動捜査課内ではシドとヴィンティス課長しか知らない軍機、軍事機密である。 「シド先輩、ハイファスさん。実況見分っスよ」  ヤマサキの呼び声がしてシドはベンチから腰を上げて伸びをした。  慣れたメンバーで実況見分を済ませると、また空を仰いで緊急機を見送る。 「緊急機に乗って帰らなくて良かったのかな?」  空を見上げて佇むシドに訊きつつハイファは愛しのバディを眺めた。  三千年前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔らしく前髪が長めの艶やかな髪も切れ長の目も黒い。身に着けているのはラフな綿のシャツとコットンパンツ、羽織ったチャコールグレイの上着は特注品の対衝撃ジャケットだった。  これは挟まれた特殊ゲルにより余程の至近距離でもなければ四十五口径弾を食らっても打撲程度で済ませ、生地はレーザーの射線もある程度弾くシールドファイバ製である。  自腹を切ったその価格も特別で六十万クレジットという高額商品だが、お蔭で何度も命を拾っていた。おまけに夏は涼しく冬は暖かいのが自慢である。  自慢だが必要にも駆られて外出時には欠かせないシドの制服となっていた。 「現在時十五時半。どうせ帰ったら書類で缶詰だからな」  言い訳にもならない理由を述べ、シドはファイバブロックの地面をしなやかな足取りで歩き出す。公園を出た二人はカラフルなコイルの車列を見ながら大通りを渡る。  コイルは現代では最もポピュラーな移動手段でAD世紀の自動車のようなものだ。形も似ているがタイヤはなく小型反重力装置を備えていて僅かに地から浮いて走る。  座標指定してオート走行させるのが普通で、目的地に着いて接地する際に車底から大型サスペンションスプリングが出るのでコイルと呼ばれるようになったらしい。  それらの列を左に眺めながらシドとハイファは先を急いだ。  他人に言われると癪に障るがシドとて自分の特異体質は承知している。暢気にしていてまた何か事件(イヴェント)遭遇(ストライク)するのは真っ平だった。  それでもオートの筈のコイルが歩道まで突っ込んできて交通課を呼び、痴漢に鉄拳制裁を食らわせ、署に着いたときにはひったくり二人を同行している。
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