第2話

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第2話

 機動捜査課の刑事(デカ)部屋にシドとハイファにひったくり二名が入るなり、多機能デスクに就いていたヴィンティス課長が恨めしげな声を発した。 「シド、若宮(わかみや)志度(しど)。リモータ発振を見なかったのかね?」 「見ましたよ。力一杯、早く帰ってきましたが」 「何故BELで帰ってこなかったのか、何故いつも大人数で帰ってくるのか、何故ここで事件待ちをしていればいい機捜課で足での捜査をしたがるのか、何故そんなに事件・事故がキミにはありえない確率で寄ってくるのか、訊いてもいいだろうか?」 「俺が事件をこさえてる訳じゃないのはご存じでしょう。聴取に行きます」 「AD世紀から三千年という宇宙時代に、この汎銀河一の治安の良さを誇るテラ本星セントラルエリアで、何故ウチの管内の事件発生率だけがウナギ登りなのか――」  青い目に哀しげな色を湛えた課長を半ば無視し、シドとハイファはヒマそうにカードゲームをしていた同僚に応援を頼んで取調室にひったくりを連行した。  素直にサラサラとお喋り頂き二名を地下の留置場に放り込むと、今度は朝から溜まっていた書類との格闘である。何と今どき書類は手書きと決まっているのだ。  容易な改竄防止や機密保持のために先人が試行錯誤した挙げ句、結局落ち着いたローテクである。筆跡は内容と共に捜査戦術コンに査定され、デジタル化されて星系政府法務局の中枢コンにファイリングされる。  故に幾らヒマな人員がいても押し付けることはできない。毎度のこととはいえ既に飽きて久しいシドが恒例の愚痴を垂れた。 「くそう、始末書も三枚となるとストーリー作りに苦労するぜ。お前は何書く?」 「事実をありのまま。ストーリーなんて考えるから余計に面倒なんだよ」  デカ部屋名物の通称泥水コーヒー入り紙コップをふたつ運んできたハイファがシドのデスクにひとつ置いた。それをひとくち飲んでシドは紙切れを睨みつつ訊く。 「ありのまま、なあ。『ナイフを撃ったら誰かに刺さるかも知れないので、腕ごと撃ち落としました』ってのを素直に書いていいのか?」 「そんな小学生の作文じゃないんだから」 「ありのままだと余計に嘘臭いから、ストーリーを考えちまうんだよなあ」  溜息混じりに呟いてシドは煙草を咥えオイルライターで火を点けた。  シドとハイファは七年と数ヶ月前、二人の出会いとなったポリスアカデミー初期生とテラ連邦軍部内幹部候補生課程の対抗戦技競技会で動標部門にエントリーし、共に過去最若年齢にして最高レコードを叩き出した射撃の腕の持ち主だ。誤射などしたことはない。  だが考えられる危険性から衆人環視での発砲は警察官職務執行法違反となり、三日と開けずにこの手の始末書に追われているのである。  右隣のデスクに着いて早速書類を埋めながらハイファは口先だけで急かす。 「のんびりしてると定時上がりできなくなるよ」 「お前、早いよな。スパイの報告書は心がこもってねぇんだろ」 「いい加減にスパイ呼ばわりは止めてよね」  周囲に聞こえないよう、小声でハイファが抗議した。  だが事実として未だ軍籍を置く軍中央情報局第二部別室は、あまたのテラ系星系を統括するテラ連邦議会を裏から支える陰の存在である。曰く『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に目的を達するためなら喩え非合法(イリーガル)な手段であってもためらいなく執る、超法規的スパイの実働部隊なのであった。  そんな所でハイファが何をしていたかと云えば、やはりスパイだった。  別室員ハイファス=ファサルートは元々ノンバイナリー寄りのメンタルとバイセクシュアルである身を持ち合わせ、ノーブルな美人であるミテクレとをフルに活かし、敵をタラしては情報を分捕るという、なかなかにエグい手法ながら、まさに躰を張って任務をこなしていたのである。  だが出会ったその日に惚れて告白し、以来七年間もアタックし続けていた完全ストレート性癖で、なおかつ女性に不自由したことのなかったシドをとうとう数ヶ月前に陥落させてしまい、結ばれた途端に仕事にならなくなってしまったのだ。  七年もの想いの蓄積故か敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシド以外を受け付けない、シドとしか行為に及べない躰になってしまったのである。  躰で堕とし情報を抜く手法がスパイ・ハイファのキモだったのに、いきなりスパイ任務そのものがこなせなくなった。使えなくなったハイファは首ならまだマシ、知りすぎた男として粛清もあり得た。  そこを救ったのが同時期に別室戦術コンが吐き出した御託宣で『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるものだった。  そうしてハイファは別室から惑星警察に出向という体のいい左遷となったのだ。  しかし左遷とはいえ屈辱よりも嬉しさ百倍だった。何せ愛しのシドとの二十四時間バディシステムが誕生したのだ。愛する人と一緒なら幾ら毎日が異常にクリティカルでも大した問題ではない。バディとしての条件は充分満たしているつもりだ。  それに別室とは縁が切れた訳でもない。出向させても放っておいてくれるようなスイートな組織ではないのだ。たびたび指令を寄越しては過酷な任務に叩き込んでくれる。  そしてその任務はハイファだけでなく統括組織の違いもなんのそので、イヴェントストライカという言い換えれば『何にでもぶち当たる奇跡の力』を当て込み、今ではシドにまで名指しで降ってくるのだった。  拒否権もなくタダ働きさせる別室にシドは恨みこそあれ何の貸しも義理もない。それでも知ってしまえば放置できず大抵が命懸けの任務にも一緒に来てくれる。愛情を噛み締めるハイファは別室への嫌味をたっぷり込めたシドの『スパイ』呼ばわりに口ほどには堪えていなかった。 「ほら、口だけじゃなくて手も動かして」 「マジで腱鞘炎になりそうだぜ。撃てなくなったらどうしてくれるんだ」  愚痴りながらも始めてしまえば熱中するたちで、書き慣れた始末書A様式を酷い右下がりの文字で埋めてゆく。そうして真面目に励み、十七時半の定時を二十分ほど過ぎた辺りで全ての書類をFAX様式の捜査戦術コンに流すことができた。 「おめでとう、ご苦労様」  咥え煙草で伸びをしたシドはハイファから泥水のおかわりを受け取る。 「おっ、サンキュ。……晩メシ、何だ ?」 「イタリアンハンバーグの予定。チーズ入れて、フレッシュトマトのソースで」 「やったぜ、ラッキィ。付け合わせはポテトとキノコな」 「ったく。ちゃんと野菜サラダのビタミンも摂って貰いますからね」  このような会話は囁き声で行われるのが常だ。職場でのシドは未だハイファとの仲を公に認めてはいない。  ハイファがやってきた当初、それまで女性の噂は絶え間なくとも硬派で通っていたシドが『男の彼女を連れてきた』と機捜課内で大変な噂になったのだ。  のちにそれは事実と化したが、周囲のからかいと冷やかしにシドは徹底抗戦し続けたのである。  ほぼ男所帯の機捜課は思考レヴェルが中学生男子並み、同性どころか異星人とでも結婚し遺伝子操作で子供まで望める時代に、からかう方も躍起になって否定する方もどっちもどっちだが、そんなやり取りに周囲が飽きてとっくに二人をカップル認定した今でもシドは呆れた往生際の悪さで事実関係を否認し続けているのだった。 「んじゃ、そろそろ帰るか」  単独時代の長かったシドは遊撃的な身分とされ、どの班にも属していない。何も優遇されているのではなく特定人員に負担が掛かるのを避けるためだ。  深夜番も真夜中の大ストライクによる非常呼集を皆が恐れるために免れている。バディのハイファも同じ扱いだ。それ故に仕事のキリさえよければ定時で帰れるのである。  デカ部屋は既に閑散とし、赤い増血剤とクサい胃薬を食っていたヴィンティス課長もいつの間にか姿がない。  シドは椅子に掛けていた対衝撃ジャケットを羽織るとハイファと共に深夜番の同僚に頭を下げ、デジタルボードの自分の欄を『在署』から『自宅』にして表に出た。
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