第29話

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第29話

 それはともかく大きな罪を集団で計画的に行った、そこに名を連ねた女医はシドに言わせれば催眠術でブルーブラッドを神と崇めるニオルドの人々と同じだった。  ブルーブラッド教の信者だとしか思えない。  画一化された優秀な人間で社会を運営すれば万物皆幸せかといえば、そうじゃないだろうと過去の捜査で様々な人々に出会ってきたシドは思う。多様性があるからこそ弱者やマイノリティを受け止める、弾力性のある社会が成り立っているのだ。 「エディト、あんたの言い分は理解した。が、受け容れることはできねぇな」 「貴方たちに受け容れて貰えるかどうかは問題じゃないわ」 「なるほど。……で、何だってコロニー・ニオルドの人間に穏便に協力を願って、あいつらの元気な臓器を培養をして貰わねぇんだよ?」  これには首を横に振ったハイファが答える。 「テラ連邦法では他人の培養臓器を移植するのも違法なんだよ」 「んなこた知ってるさ。だが洗脳して本人の意思を奪った上に命まで奪うより、よっぽど人間的だと思わねぇか。何故ひとつしかない臓器を命を奪わなきゃならない?」 「だからね、『培養も自分のものに限る』って法は、それこそ高額で自分の培養臓器を売り叩いたり、斡旋売買する組織犯罪防止のために作られた。その法を犯せば何れも犯罪でここのやり方と五十歩百歩じゃないのサ」 「倍の差があるじゃねぇか、何も殺さなくたっていいだろ」 「どっちにしろ生かしておいたら、その口から秘密が洩れる。そんなとこでしょ」  それには答えず、エディトは二人を交互に眺めた。 「貴方たちには暫くここに留まって貰うわ。実際、飛び込んできた異分子にどう対応するか迷う者も出てきてるの。全く、知るべきでない立場のクセに貴方たちは――」 「精神科医の愚痴は結構だ」 「あら、精神科医がするのも診察であって人生相談じゃないのよ」 「俺にはあんたの診察も無用だ」 「減らない口ねえ。いいわ、貴方たちを検査に回す。ついてきて」  煙草を消したシドはショルダーバッグを担ぐと、まだ心なしか顔色の悪いハイファに腕を差し出した。嬉しそうに掴んだハイファも立ち上がる。  行き先はヴァリ・ナレル記念病院側に渡り廊下で移動した十二階の生体検査室だった。検査は無針注射器での採血のみだったが、付き添い兼監視人のエディトが腕組みをし冷たい目で見守っていた。    それが終わるとまた渡り廊下を戻る。そこでエディトは『牧場』内なら自由に動いても構わないと告げ、呆気なく二人を放り出した。 「偶数階なら食堂があるって言ってたよな。行ってみようぜ」 「うん、もう十四時だもんね」  取り敢えずそのまま十二階を探索してみると食堂は簡単に見つかった。デカ部屋くらいの広さのそこは、この時間になると人もまばらだ。  クレジットの必要もないタダメシはセットメニューがふたつきりで、それぞれが違うものを選んでトレイに載せた。テーブル席に横並びに腰掛ける。 「いただきます……あ、ルースだ」  食べ始めて少し経つと、ルースがトレイを持って二人の傍に立った。 「一緒に、いいかい?」 「どうぞ。……エディトに捕まっちゃった」 「そのようだね。けれど協力してもいい」 「って、脱走のか?」 「まあね。その話はあとで」  どうせヒマになってしまった身、それもここまでくれば【真相を究明し報告】するのは簡単だ。ダイレクトワープ通信で送れば別室は何らかの手段を講じるだろう。  及第点の味のセットメニューをハイファはシドとシェアしながら食べ、向かいのルースを観察する。博士と呼ばれていた若い男は何度かフォークを口に運んだだけで置いてしまった。そしてまたスキットルを取り出して呷る。 「んーと、何か、色々あるんだろうけど躰に悪いよ、アルコール」 「だから飲んでる。治療をさせられながら馬鹿な話だろう?」 「何処が悪いんだ?」 「腎臓と肝臓。肝臓は肝炎が既にガン化している」  それなら余計にアルコールは拙いだろうと二人は思ったが、もう口にしなかった。 「ごちそうさま。ルース、お先に」 「ああ。あとで発振する」 「あっ、そうだ。ここの案内図なんてあったら欲しいんだけど」  リモータリンクで施設の構造図を流して貰ってから二人は席を立つ。廊下のオートドリンカで保冷ボトルのコーヒーを二本手に入れ、貰った構造図を覗き込んだ。 「外もいいね。ここの中庭にも噴水があるよ」 「行ってみるか」  のんびりと階段で一階まで降りて裏口から中庭に出る。青々とした芝生の真ん中に噴水があった。ここならバリケードのような無粋な鉄柵は目に入らない。  噴水の傍の芝生に直接腰を下ろすとシドは煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。僅かに咎めるようなハイファの視線に気付き、ポケットから吸い殻パックを出して振る。  結局ハイファは何も言わずにリモータ操作を始めた。 「別室か?」 「それもあるけど、ルースを盗み撮りしちゃった。博士っていうのが気になって」  ルース=ワイアットの名をインプットする。更にポラを照合させた。 「ヒット。テラ標準歴で一年前までテラ本星の軍事技術研究所に務めてた」 「軍の技研……兵器開発か?」 「そう。ここヴァリの大学院で十代にして若き天才として衆目を集めて、そのまま軍に刈り取られたんだね。病状悪化で技研を去るときには相当惜しまれたみたい」 「ふうん。その天才がここにいるってことはやっぱり適合する献体待ちなんだろ?」 「その割には躰、いじめてるよね。まるで早く死にたいみたいな」 「けど、ここで出会った人間の中でルースが一番まともに思えるんだがな」 「それは言えるかも。それでも献体待ちかあ」  だが本人が望んでいるとは限らない。二人はそこで意見の一致をみる。 「だからって慢性自殺願望もどうかと思うがな。エディトのバイタリティでも分けて貰えばいいんだ。ふあーあ」  煙草を消してコーヒーを飲み干し、芝生にごろりと横になったシドはハイファの膝に頭を載せる。長めの前髪をゆっくり嬲られているうちに、うとうとと眠りに引き込まれた。
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