第30話

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第30話

 半分眠り、半分覚醒しながら、シドはルースがやってきたのに気付いていた。 「待たせたかな?」 「寝たの、発振する前からだから。……またお酒、それも今度は瓶ごと?」 「と、これ。お相手願えるかな」 「チェスかあ。超初心者で自信ないけど、それでも良ければ」  寝ている自分の鼻先までモルトの香りが漂ってきて、ハイファまでがウィスキーを飲んでいるのを半覚醒状態のシドは知る。起きられるが起きず、黙って会話を聞いていた。 「ところでルースはいつからここにいるの?」 「仕事を辞めて、もうテラ標準歴で一年かな。軟禁状態っていうやつだね」 「ルースは治療、本当はしたくないの?」 「治療は星系政府の命令」 「自分の気持ちはどうなのサ。……あっ、ポーン取られた」 「治療か、どうかな。ハイファスは自分の気持ちが分からないことはないかい?」  さすがに言葉の使い方も上手いなあと思いながら、ハイファは同意する。 「時々あるかも。……あ、ナイト。悔しいなあ、歯が立たないよ」 「誰かの命を犠牲にするくらいなら、その前には終わらせたいと思ってる」 「それで刑事の僕らにリークさせたい訳?」 「まあね。この分じゃ移植手術も強制的に受けさせられる気配だから。他人の命を盗ってまで存えるような、そんな人間じゃないんだよ、僕は」 「兵器開発のこと?」 「エディトがそこまで? 僕が携わった兵器は二桁に上る。それらは様々なテラ系星系に渡って生産され続けてる。計算上はもう二万人近い人間が命を落としてるんだ」 「それってルースのせいじゃないと思うけどなあ」  これに関して軍人で別室員のハイファには、ルースの心に添ってやることができなかった。 「そうかな、僕のせいでもある筈だよ。兵器は作ったが最後、使われる運命さ」 「うーん、大昔の放射性物質利用兵器みたいに『抑止力』なんていう気もないし、兵器を作ったら使われるってのに反論する気もないけど……仕事だったんでしょう?」 「仕事なら無辜の人間を殺して構わないのかい?」 「それはだめ。喩えが極端すぎるよ。けれどね、誰だっていつか何処かで他人を犠牲にしてる。気付かないだけで。貴方は求められた仕様の物を実現しただけでしょう」 「軍人みたいなこと言うんだな。『私は命令通りに撃ち殺しただけの兵士です』か」 「やっぱりルースってば極端だよ。長い間考え抜いて辿り着いた答えだから僕がそう感じるだけかも知れないけれど」  そこでハイファはルースに訊く。自分の仕事を毎日後悔しながら続けていたのかと。嬉しかったり愉しかったり、そんな感情を味わったことが何度もあったのではないかと。 「まあ、そうだね。でもそれとこれとは話が別。催眠状態で洗脳した健康な人間から命ごと臓器を抜き取るなんて、誰がどう考えてもやるべき所業じゃないだろう?」 「すごくまともだよね。舌舐めずりして順番を待ってる議員とかもいるのに」 「ブルーブラッド社会が許さないんだ。僕にも強要する。正直、苦しいよ」 「酷いこと訊くけど、病気、治したいって思わない?」 「こういう社会で生まれ育ったから、よその星系の人間に比べれば諦観も身についてる。いい薬もあるしね。脳を騙して余命三ヶ月、緩やかに逝けたらいいと思ってる」 「……怖くないんだ?」  笑ってルースは首を横に振る。 「いや。最初はね、諦めたふりをしながらも怖くて飲めない酒に溺れたよ。飲めるようになってみたら今はあんまり。治療しながら時間を掛けて、徐々に近づいてるせいかな。死に親しんで慣れてきたみたいだ。悪いね……チェックメイト」 「わあ、もう一回! 手ほどきしてよ、師匠って呼ぶからサ」 「教えるから、呼ばないでくれよ」  さわさわと風が中庭を渡る。  噴水の水音が心地良い。  シドは起き出した。 「俺も仲間に入れてくれ」  初めチェスは分からなくて二人の対戦をルースの解説付きで眺めていたシドだったが、瓶から紙コップに注がれた生のウィスキーを飲みながら見ているうちに覚えてしまう。  そうして恒星スカディが傾く頃には、二人は初心者にしてはかなり鋭いゲームをするようになっていた。
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