第34話

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第34話

 まだ放送は聞こえていたが、手持ち無沙汰でシドはグラスのスコッチを呷る。ルースが瓶から琥珀色の液体を注ぎ足した。  ハイファはやや緊張した面持ちのまま立ち上がると部屋に備え付けの飲料ディスペンサーでアイスコーヒーを紙コップに受けて手にし、ソファに腰を下ろす。  先行きを案ずるバディの様子を見てシドが声を出した。 「どうするんだ、もう一ゲームやるか?」 「あれだけ情報が洩れてるんだよ、ここは真っ先に革命軍が押さえにかかる」 「殺されることはねぇだろ……うわ!」  ドオォオン! と腹に響く音がした。ハイファが窓に駆け寄る。 「砲撃だ! 鉄柵の外の通りに重戦コイル十五輌、一個中隊はいる!」  再びの一斉砲撃に建物が揺れた。パラパラと粉のような埃が降ってくる。 「マジかよ。白旗振って外に出るか?」 「クーデター派は議事堂や星系政府代表公邸、ヴァリ行政府やブルーブラッドの屋敷も同時に押さえる筈。ここになだれ込んでくるのも時間の問題だよ」 「相当頭に血が上ってるんだろうな」 「たぶんね。下手に動き回るより大人しく確保されるのを待った方がいいよ」  ハイファの言葉に従ってシドは腰を据えて飲み出した。 「だそうだぞ、ルース。たぶん明日もヒマだせ。お相手願おうか」 ◇◇◇◇  ハイファの予想通りに重戦コイルが鉄柵を乗り越えてなだれ込み、惑星内配置テラ連邦陸軍ヴァリ第一基地の歩兵一個大隊約七百名がヴァリ・ナレル記念病院と『牧場』を完全掌握したのは、クーデター派が決起してから最初の日付が変わる頃だった。  その時点では砲撃で崩れた建材による怪我人が二名のみという、このような騒動にしては奇跡的なまでの些少な被害で済んでいた。クーデター派は『無血』革命を謳うことができ、勝利を大満足で祝っているようだった。  シドとハイファは各星系政府法務局共通の武器携帯許可証を盾に武装解除を免れ、だが一時的に監視態勢下に置かれている。  お陰で十七階の狭いD3ルームもオートドアの外とはいえ兵士が見張っていた。べったり張り付かれて気疲れし眠れない……ような神経の持ち合わせはなく、いつも通りにスッキリ快眠で朝を迎えた。  着替えて十二階の食堂に向かうときも、律儀な兵士二人はテラ連邦軍の制式小銃であるサディM18ライフルを携えてついてくる。  食堂は野戦場と化していた。  戦闘服や制服を着た軍人がうようよしている。基地の厨房要員も援軍で到着したらしいが、まさに非常時の炊き出し状態だった。  それでもここはまだマシなのだ。十四階以上だとコロニー・ニオルドの者たちが収容されているので催眠状態の茫洋とした人間に囲まれての食事となる。  異様に辛気臭い上に、まさかと思うがまた毒入りシフの実を配られ、あの臭いを嗅がされてはハイファが堪らないので、二人は毎回ここまで降りてきているのだ。  二人はクロワッサンとベーコンエッグにサラダとコーヒーなる、割とまともな内容ながら全て冷たいままの食品を手に入れ、トレイに載せてルースの着いたテーブル席を確保した。  フォークを置いたルースもトレイのものを半分くらいは摂取していた。 「いい傾向じゃねぇか」 「お陰様でね。この騒ぎなのに久しぶりに良く眠れたよ」 「お互い様だ。朝メシが旨いぜ」  テーブルの脇に立つ兵士二人を尻目に二人はもぐもぐと食事を進める。 「治療はちゃんと受けられそうか?」 「滞りなく」 「それは良かったな。なあ、一度くらい見舞いに行ってもいいか?」  意外なことを訊かれたという風に灰青色の瞳が見返す。 「こうして会ってるのに……まあ、構わないけれど、つまらないよ?」 「いいじゃねぇか、話相手くらいにはなるだろ」 「十三階の透析ルームだ。今日は、そう、十時くらいからにするかな。……お先に」  そう言うとトレイを持ってルースは去った。 「急にお見舞いなんて、どうしたの?」 「いや、こうなったら用済みの俺たちに帰還命令がくるのも時間の問題だろ」 「そっか、そうだよね」  余命三ヶ月という友人の傍になるべくいてやりたいが、自分たちには自分たちの居場所が他にあるのだ。いつまでもここにはいられない。  食事を終えるとD3ルームのある十七階に一旦戻る。休憩スペースでシドが煙草を吸う傍らで、ハイファはリモータを使って情報収集だ。 「軍通衛星MCSの通信ログからすると、ヴァリ第一・第二・第三基地、つまり首都ヴァリの全ての惑星内テラ連邦陸軍がクーデター派に与したみたいだね」 「総計どのくらいだ?」 「三個連隊、五千以上。下手すると一万はいるんじゃないかな」 「テラ連邦議会直轄軍はそれ以上投入される、か」 「いつになるか分からないけどね」 「ブルーブラッドたちはどうなったんだ?」 「それぞれ屋敷に軟禁されてて、こっちは抵抗して死者もかなり出てるみたい。テラ連邦議会のジャッジメントが下る前に、真っ先に財閥解体しておこうって腹だね」 「貴族の治世も終焉か」 「ジョエルは無事かなあ」  そのとき二人の左手首が震えた。リモータ発振だ。顔を見合わせてから二人同時にリモータ操作した。小さな画面に輝き現れた文字を読み取る。   【中央情報局発:元・テラ連邦軍開発技術研究所一等技官ルース=ワイアットの生体移植が終わり次第テラ本星に帰還せよ。選出任務対応者。第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
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