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第36話
「あ、また強電バラージ放送だよ」
「テラ連邦議会直轄軍にしては早いんじゃねぇか?」
全員が身構える中、それは始まった。
《私はテラ連邦陸軍・ヴィダル第一空挺師団長のスレード陸将だ》
「ヴィダルって?」
ハイファの問いにルースが答える。
「バルドル第二の都市だね」
《――既に我々は二個師団・一万七千名で首都ヴァリを包囲した。クーデター派の諸君、武器を捨てて我々の打ち立てた臨時政府に帰順せよ。武力に対し武力で応ずるのは意に染まぬことではある。きみたちの言い分も尤もだ。だが今後のテラ連邦議会直轄軍投入に際し、スカディ星系の自治権までをも他者に手渡すことはできない――》
「おいおい、クーデターに次ぐクーデターかよ」
「こっちはクーデターっていうより政権保守派を名乗ってるっぽいけど、わあっ!」
いきなり立っているのも困難な衝撃が走り、医療器具が床に散る鋭い音がした。
「砲撃、建物に直接だよ!」
見ると窓の透明樹脂に亀裂が何条も入り、天井からは建材の塊までが降ってきた。
「何が意に染まねぇだって!?」
次の砲声で天井近くの壁に大穴が開く。ばらばらと壁材の破片が皆に降り注いだ。
「炸裂する榴弾じゃないよ、徹甲弾だ、セーフ」
「それでもこの外壁側はヤバい、何処か移動できる場所はねぇのか?」
「取り敢えず中庭に避難を!」
ゼノフォン医師の言葉で皆が廊下に飛び出すと、そこには顔をこわばらせたノエルがいた。兵士が多数走り回っている。監視の二人も何処へか姿を消していた。
「ノエル、一緒においで」
ルースが声を掛けるとノエルは僅かに引き攣った頬を緩める。病人二人を走らせる訳にはいかず、軍服の男たちを眺めつつ廊下を歩いて移動した。
エレベーターは大勢の人間が押し寄せていて使えず階段を降りる。シドとハイファは元より先導するゼノフォン医師と看護師も落ち着いた様子で難なく中庭まで辿り着いた。
外は曇天、他にも避難してきたらしい十数名が不安げに辺りを見渡している。自動小銃を持った一団が噴水の脇を駆け抜けていった。
「チクショウ、どうなってやがるんだ」
ついいつものクセでシドは煙草を咥えると、火を点けないまま噴水の縁石に腰掛ける。ハイファはリモータを操作して軍通衛星MCSから情報を得ようとするが、通信も混乱しているようだ。傍受も上手くいかず欲しい事実は何ひとつ掴めない。
「ここに直轄軍がきたら三つ巴か?」
「それは単純すぎ。おそらくヴィダル軍は権利を主張しつつも軍門に下るんじゃないかな。政権さえ護れたらそれでいいみたいだし、テラはそんなもの欲しがらないし」
「面倒抱えるだけ損だもんな。それぞれ星系独自の経済活動をして貰ってこそテラ連邦内でカネが回る訳だしさ。でもそいつを言えば最初のクーデター派も同じじゃねぇか、テラ連邦議会と対等に渡り合う気でワイルドカードを準備してたんだからよ」
「そりゃあ何処の星系政府にだって『自分もテラの頭数』くらいのプライドはあるでしょ。本当のことを囁いてご機嫌斜めになられても損なだけだし」
「あー、テメェらが思ってるほどテラ連邦議会議員七百人はハートフルじゃねぇんだよな。でさ、黒い話は置いといて、ここの扱いはどうなるんだ?」
「さあ? 掌握する派閥が違うだけで変わりはないと思うけどね。あ、エディトだ」
これも部屋が外壁側だったエディトは頭から壁材の埃を被っていた。羽織った白衣も白でなく灰色になっていて、払い落しながらもおかんむりだ。
「いったい何なのよ、これは!」
「俺たちに怒鳴られても困るんだがな」
建物の角から銃を持った一団がまた現れる。
「軍服の所属章がヴァリと違う……ヴィダル軍だ。立ち上がりが早いね」
ハイファが呟いた傍から建物内部で銃声がし始めた。
「目茶苦茶だよ、五千人からいるこの中で対ヴァリ軍戦闘なんて」
「だからって何ができる?」
「確かにもう動けないかも」
中庭側の窓が一枚、ピシッと音を立てて砕け散った。ヴィダル軍は既にクーデター派のヴァリ軍を完全にエネミー、敵と見なしているようだ。
「後でのんびりやってくるテラ連邦直轄軍に『我々が平定しておきました』って奏上すれば、テラ連邦議会の覚えもめでたいってことなのかもね」
「なるほどな。……降り出しそうだな」
我慢ができずにシドとエディトは煙草に火を点けた。ハイファが睨む。
「病人の前であーたたち! 無害ったって煙、エディトも職業倫理ってものを――」
思わぬ近くで撃発音を聞いたハイファは身を低くする。乾いた短音は屋外射撃だ。その音源を建物の角からだと察知してシドが煙草を噴水に放り込み怒鳴った。
「皆、伏せろ、伏せろ!」
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