第37話

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第37話

 丁度中庭を挟んで始まってしまった銃撃戦は双方ともにサディM18でのもの、頭上を硬化プラ弾が衝撃波を立て飛び交う。プラ弾とはいえ有効射程三百、殺傷能力は充分だ。 「くそう、こんな所で無茶しやがって!」  十数人が芝生に身を投げ出したものの、シドの叫びに反応できなかったノエルが立ち尽くしていた。それに気付いたシドとハイファがノエルに飛びついて引き倒そうとする。  が、一瞬前にルースがノエルの前に立ちはだかった。  ルース、被弾。  曇天の空に血飛沫が舞う。 「ルース!」  叫んだハイファ、シドに護られ伏せたノエル、仰向けに頽れて噴水の縁石に背を打ち付けるルース。何もかもが一度に起きて精確に状況を把握しているのは戦い慣れた二人だけだった。跳ね起きたシドとハイファがルースに駆け寄る。 「メディック! エディト、早くルースを診て!」  ハイファの大声でエディトが我に返り、ゼノフォン医師が続いてルースに飛びついた。それより先にハイファとシドに手を握られたルースは腹と頭を血に染めている。 「大丈夫か、おい、しっかりしろ! ルース!」  痩せ細った腕をシドが掴んで揺さぶると、うっすら瞼が開かれた。薄く覗いた灰青色の瞳からはまだ光が去っていない。頭部に被弾していて、これは奇跡的だった。 「……僕の……僕の心臓を、ノエルに」  ごぼっとルースは大量の血を吐いた。 「もう喋るな、ルース。ゼノフォン先生、助かるよな? 手術してやってくれ!」 「い……や、僕は……頼む。僕の、無事な器官を、移植を待っている人々に……」  全員がルースとゼノフォン医師を交互に見た。中年医師はルースを前に首を横に振った。そこでシドは脳髄が白熱するほどの怒りを覚える。  こいつらは、人間を『牧場』で飼っていたこいつらは、最期に託して逝く心すら理解していないのかと――。  急速に光を失ってゆく灰青色の瞳を覗き込んでシドがその耳許に大声で叫ぶ。 「分かったルース! お前は死なねぇ、誰かの中で生き続ける! だから死ぬな!」 「頼ん、だ……きみたちと、会えて……ありが、と、う――」 「くそう、ルース! ルース=ワイアット!!」  レールガンを引き抜きざまにシド、建物の角から小銃を撃ち続けている兵士に向かって連射する。同時にハイファも相対している一団に九ミリパラを撃ち込んでいた。  視界が滲み、引き歪みそうになるのを堪え、速射で一人、また一人と撃ち倒した。  銃撃が沈黙するまで数秒と掛からなかった。 「移植手術なんて、できるのか?」  培養移植が当然のテラ本星から来たシドの問いにエディトが答える。 「この星の特殊事情から誰もがドナーで誰もがレシピエントになれるよう、システムは整っているわ。ノエルも含めてバルドル全土で二十三名がルースと適合するのは調査済み。そのうち移植が必要なのは心臓のノエル以外に肺、小腸、角膜の三名よ」 「そうか。てっきり俺、ルースに嘘ついちまったのかと……」  ルースを診ていたゼノフォン医師がリモータで人員を招集する。まもなく駆け付けた看護師らと共に自走ストレッチャに痩せ細った躰を乗せた。 「病院側の十二階、第一手術室だ、急げ!」  ヴァリ・ナレル記念病院側へと運ばれる、まだ温かいルースに二人も付き添った。運び込まれたのは第一手術室で、ドアが閉まると廊下のベンチに二人は腰掛ける。 「チェスの奥義を伝授して貰えてなかったな」 「ウィスキーも飲まずに今日は……」  薄いハイファの肩をシドは抱く。 「あいつ、最期まで他人のことばっかり考えてやがった」 「護れなかったよ……ルースのたった三ヶ月を、護れなかった」  震える肩を抱いて噛み締めるような時間が経つのを覚悟したが、銀色の臓器保存ケースを持った医師たちが出てくるまで思ったより時間は掛からなかった。  こうなれば時間との戦いだ。次にストレッチャに乗せられたノエルが第一手術室前に現れる。不安げな顔をして横たわったノエルは薬剤のせいか目が茫洋としていた。  それでもベンチの二人を目敏く見つけて少年の手が伸ばされる。 「よう、ノエル。頑張ってこい」 「……僕、怖い」 「怖くなんかねぇよ。こんなことで怖がってちゃ刑事は務まらねぇぞ?」 「そう、かな? お兄さんたち、ここで待っててくれる?」 「ああ。待っててやるから、早く行って早く戻ってこい」  二人の手を交互に握ったノエルは安心したか、目を瞑り手術室へ搬送されていった。 「大丈夫だと思うか?」 「これだけ移植が一般的になったバルドルだし、技術的には平気なんじゃないかな」 「ならいいが」 「移植されたらノエルの中で、他の人の中で、ルースはそこで生きるんだよね?」 「そう……そうだよな。無駄死になんかじゃねぇ……何だ?」  渡り廊下を歩く戦闘服らが目に入った。こちらに歩いてくる彼らは小隊規模で三十名近くいた。濃緑色の制服を身に着けた年配の指揮官らしき人物を先頭にしている。第一手術室の前で一団が足をとめた。ヴィダル軍の所属章を着けた指揮官が咳払いをする。  シドとハイファは座ったベンチから指揮官を見上げた。 「ふむ。違法な脳死移植が行われているという第一手術室はここか」  既に聞き込み済みなのだろう、指揮官は呟くと背後の戦闘服の小隊に命ずる。 「入って医師たちを拘束し、違法移植を止めさせろ」 「なっ、どういうことだよっ!」  思わず立ち上がったシドは指揮官の胸元を掴みかけた。ハイファが慌ててとめる。約三十名もの武装した部下が控えているのだ、逆らってもいいことはない。  そんな二人を指揮官は感情のこもらない目で見やった。 「何だね、きみたちは……そうか。惑星警察刑事の二人とはきみたちのことか」  全く何処で聞き込んだか、素姓もバレているようだ。 「まだ手術に入ったばっかで……ふざけんな、テメェら、入るんじゃねぇっ!」  止めようとするも相手は一個小隊、彼らは難なく手術室に侵入した。まもなく手術着のゼノフォン医師以下、数名のスタッフがホールドアップ状態で出てくる。 「ノエルは、ルースの心臓は!?」  手術着を着たゼノフォン医師は悲愴な顔で首を横に振った。 「執刀前にこれだ。ノエルは麻酔が効いている」 「なら、ルースの心臓は――」 「残念だが……」  その様子を伺っていた指揮官がシドとハイファを面白そうに見る。 「母なるテラ本星の刑事ともあろう御仁がテラ連邦法を知らんのかね? 移植は本人の培養ものに限る。例外はない。そう、あってはならないとテラが言っている、我々のような星でもね」  シドは壁にこぶしを叩き付けた。
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