第1話(プロローグ)

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第1話(プロローグ)

 給仕役とも思えないヒゲ面で作業着の中年男に薄荷の匂いがする茶を出され、ニスも塗っていない木製のテーブルに向かって同じく木製の椅子に座り続けた。  三杯目の薄荷茶が気泡の入ったグラスの底で茶色い輪を描いてカラカラに乾燥するに至り、やっと待ち人がやってきたようだ。  エンジンの唸りを耳にして椅子から立った。  開け放された窓の外を眺めると軍用車両が目に映って、まずはホッとする。  首都からヘリで途中給油しつつ四時間半もかけてやってきたこの小屋にはTVもエアコンもなく、電化製品といえば煤けた天井から下がったペンダント式の照明器具くらいだった。  そんな中で遠雷のような轟きが砲声だと茶を出してくれた中年男、いや、あとでこの小屋の管理人と判明した男から薄笑いで教えられ、非常に落ち着かない思いで二時間近く過ごしていたのである。  文明人たる自分にとって妙に大切に思える折り目もキッチリとしたハンカチで汗を拭いながら、部屋を横切って布一枚が下がっているだけのドアらしき仕切りから外まで迎えに出た。  草地の広場をバウンドする勢いで走ってきた軍用車両が目前で停止する。その車両は近くで見るとかなり大きい。幌を畳んでオープンにしてあった。  オープンにした後部には機関銃というのか、これも大きな銃が積んであってドキリとさせられる。緑色を基調にした迷彩塗装のそれは、どんな悪路を走ってきたのか泥だらけだった。小型トラックほどもある車両から戦闘服の兵士が二人と軍服の男が一人降り立つ。  若い兵士二人はスコープのついたライフルを肩に掛けていた。残る壮年の軍服男が今回の客だと態度から見分けられる。勿論、事前に人物の画像も見せられ知っていた。 「お待たせして申し訳ありませんな」 「いえ……初めまして。将軍には大変お世話になっております」  流暢な日本語で喋る将軍は乾いた手を差し出す。こちらも手を出し握手すると相手は遅れた言い訳もせず大らかに笑った。何が可笑しいのか分からない。  だが身についた処世術が殆ど自動的に迎合の笑みを頬に浮かべて見せる。すると将軍が仕切った。  「では、話は中で伺うとしよう」  小屋に戻りかけた時、ふいに広場の端の鬱蒼と茂った木々の間でキラリと何かが光ったのを目にする。咄嗟に兵士のライフルと光を見比べて狙い撃たれる恐怖に身を凍らせた。しかしこちらの視線を辿った将軍がまた笑う。  今度は解説付きだった。 「心配は無用だ。あれは狙撃に使うスコープじゃない、カメラだ」 「カメラ、ですか?」 「しつこい犬のようにわたしを追い回している。撒いたつもりだったのだが、拙いですかな?」 「あ、いえ、わたしは別に……」  ここで写真を撮られても雇い主の議員には何ら影響しない。自分は私設第三秘書などという立場である。確実に使い捨てとして雇われたのだ。  だが捨て駒の使い走りでも文句はない。相応の報酬は貰っている。ただ砲声まで聞こえる戦場とは想定外だっただけだ。  朗らかに笑う将軍に背を叩かれ、安堵して小屋に戻った。  テーブルに着くと早速携帯端末を操作して議員から預かった資料のファイルを表示し、次便に紛れ込ませる品の価格交渉に入る。  交渉相手として将軍は強敵だった。
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