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第3話
低く甘い声に逆らえないと知っていて霧島は婀娜っぽいような視線を向けてくる。堪らなく色っぽくも男らしい表情に京哉も心が動かない訳ではない。
だが昨夜だって京哉は大変で今日も本当ならもっと早く出てくる筈だったのだ。またドえらい目に遭うのが分かっているのに、ここで簡単に折れてしまうのも悔しいものがあった。
そこで京哉は一計を案じて目についたゲームセンターに足を踏み入れる。怪訝な顔をしながらも霧島はついてきた。ゲーセン内で一台のマシンを示し霧島に微笑んだ。
「じゃあこれで僕に勝ったら貴方の言うことを何でも聞いてあげますよ」
それはシューティングゲーム機だった。二人並んで対戦形式で遊べるタイプだ。
「撃ち合いは現実世界だけで沢山じゃないのか?」
「だって忍さんと対戦するのは初めてなんですもん。やってみたくないですか?」
「なるほど、この辺りで甲乙つけたいということか」
「ええ。ライフルは勘弁してあげますから。でも現役スペシャル・アサルト・チーム狙撃班員に勝てる気はしませんかね? それとも上司で隊長で警視殿が負けを晒すのは怖いですか?」
わざとらしく上から目線の発言で年上の男のプライドを突いて煽ってみた。思った通り京哉の挑発に霧島は反応する。頬に笑みを浮かべて切れ長の目を煌かせた。
「ふん、スナイパー如きが機捜隊長を舐めるなよ」
「はいはい。でもこれまでの実戦ではどっちが上でしたっけ?」
「これまではこれまでだ。お前とセットで本部長から下される特別任務、あの前回の件で私はある意味ふっ切れたからな。お前と同じ地平に立った私を良く見ておけ」
県警本部長から下される特別任務とは、京哉が暗殺スナイパーから解放されたあの一件で暗殺肯定派が瓦解し一斉検挙されたことに由来する。
暗殺肯定派に与した者の一斉検挙は霧島がたった独りで立案しシナリオを書いた。京哉が暗殺スナイパーだと偶然知って密かに計画し、膨大で緻密な計算を行い、様々な部署や組織の動きに派閥・個人の人脈その他諸々のイレギュラーな要素まで取り入れて作戦を成功させた。
京哉を救うため検挙理由は暗殺関与ではなく『汚職』だったが見事に警視庁を動かし与党議員やサッチョウ幹部までをも検挙に至らしめた。
その事実を知って京哉は恐ろしいまでの計算能力に思わずゾッとしたほどだ。それくらいあの件で暗殺肯定派の議員連中やサッチョウ上層部にまで捜査のメスを入れるのは難しかったのである。その中で霧島が大いに利用したのが暗殺反対派だった。
しかし霧島本人も高みの見物をしていた訳ではない。京哉を助けるのに機捜を動かしたのがそれだ。けれど当時の県警本部長が暗殺肯定派だったため怒りを買い、八つ当たり的に霧島は『機捜隊長としての職権濫用』なる名目であり得ないダブル懲戒処分を食らってしまったのだ。
懲戒を食らうと以降の昇任が事実上不可能となるため皆が依願退職する。だが霧島はサツカンを辞めなかった。そのあとまで見越していたからだ。
汚職の責を問われて県警本部長が勇退という形で退職金全額返納退職。次に就いたのが今の県警本部長で元は暗殺反対派の急先鋒だった。つまり『こちら側』の人物である。その本部長に霧島と京哉は『知り過ぎた男』として懇意にされている。
つまりたびたび『他には洩らせない特別な任務』を下される身となったのだ。ときに無茶振りとしか思えない特別任務は計画も何もあったものではない。
お蔭で霧島の超計算能力も役に立たない場当たり的なことばかりで、何故かこの日本で銃撃戦すら当たり前という有様だ。二人はとっくに辟易している。
だがこのような『知る必要のないこと』を案件として任されるのだ。本部長から、牽いては『上』から信頼された証しでもあった。懲戒を食らったからといって霧島は昇任を諦めなくても良さそうな気配で、もし実現したら日本警察初の事例である。
ともかくそんな特別任務で前回に至って霧島は敵に対してまともに銃口を向けた。撃った相手の生死は分からないがジャスティスショットを狙う余裕がなかったのだ。
それで少々凹んで逆に京哉から説得されたりしたが結局霧島はふっ切って、というよりキレた挙げ句、明確な敵にはそれなりの対処をするようになったという訳だ。
元々敵に容赦のない京哉と同じ地平に立ったというのはその辺りである。
「では僕と同一ステージに立ったばかりのビギナーさんと勝負しますか」
「大口叩いて吠え面かくんじゃないぞ。私が勝ったら本当に何でもして貰うからな」
荷物をそれぞれ足元に置くとゲームマシンに京哉が硬貨を入れ、霧島と並んで画面に向かった。入力装置はハンドガンタイプで画面に現れる敵兵を撃つたびにポイントが加算されるシステムだ。敵兵でない民間人を誤射すればマイナスポイントである。
一定ポイントを稼ぐと次のステージに上がれるらしい。
二人は画面を見据えた。
そうして数分後、霧島は上機嫌でハンドガン型入力装置を置いていた。二人揃って見事に最終ステージまでクリアしたが僅か二ポイント差で霧島が勝利を収めたのだ。まさか自分が負けを喫するとは想定外だった京哉は本気で悔しさを噛み締めた。
けれど振り向くとゲームマシンを囲んでギャラリーが半円を作っていて店内最高レコードを叩き出した二人は拍手喝采を受ける。京哉と霧島は顔を見合わせると二人して芝居がかった礼を披露し荷物を手にしてゲームセンターをあとにした。
「あーあ、ライフルなら負けないのに。勘弁してあげたんですからね!」
「負け惜しみもいい加減にしておけ。何れにせよ実生活で腹一杯だろう?」
左の懐を示した霧島に京哉は肩を竦めた。機捜隊員は普段覆面パトカーで警邏し、殺しや強盗に放火その他の凶悪事件が起こった際に、いち早く駆けつけて初動捜査に就くのが職務である。
そのため凶悪犯と出くわすことも考慮されて職務中は銃の携行が義務付けられていた。普通の刑事は通常なら銃など持ち歩いていないのだ。
ところが京哉と霧島は機捜隊員だからという理由でなく、過去に関わった案件で県内の暴力団から恨みを買っているため、職務時間外でも銃を持ち歩くことが県警本部長発令で特別許可されている。いや、常に銃を携帯して身の安全を計れと命令されているのだ。
二人がスーツのジャケットの下、左脇にショルダーホルスタで吊っているのは機捜隊員に携行が認められている銃でシグ・ザウエルP230JPというセミ・オートマチック・ピストルだ。
フルロードなら薬室一発マガジン八発の、合計九発の三十二ACP弾を連射可能な代物だが、通常弾薬は五発しか貸与されない。
約五百グラムと軽量小型だが装備はそれだけではなかった。他にもベルトの上から帯革を締めて手錠ホルダーだの特殊警棒だのを装着しているので結構重たい。
だがゲームに勝った霧島の足取りは非常に軽快で、今すぐにも駐車場に置いた愛車に飛び乗ってしまいそうだった。
それでも涼しい顔を装って言質を取る。
「では、京哉。約束は守って貰うからな」
「分かってます。でも今週の食事当番としては帰りに買い物に寄って貰いますから」
「スーパーカガミヤか。ここの地下で総菜を買って帰ってもいいんだぞ?」
「結構です。今週は誰かさんたちの職務怠慢のツケがきて書類の督促メールが十二通という修羅場でしたからね。二回も夕食はコンビニの海苔弁当だったし、これじゃあ栄養不足で忍さんの美容に良くありません。キッチリ作らせて頂きます」
「書類など腐らんと何度言えば分かる。お前は勤勉すぎるぞ」
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