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第4話
普通の刑事と違い機捜隊員は二十四時間交代という過酷な勤務体制だ。
けれど隊長及び副隊長と秘書に限っては定時の八時半出勤・十七時半退庁の日勤で土日祝日も基本的には休みである。職務内容も内勤が主だ。
だが霧島は重大案件が起こると自ら現場に飛び出して行くこともしばしばで、おまけに秘書が見張っていないと内勤もすぐサボる。お蔭で隊員たちの信頼は得ているが秘書たる京哉は書類の代書が大変なのだ。
「僕は勤勉じゃなくて普通です。隊長と副隊長が不真面目すぎるんですよ。ちょっと目を離すとオンライン麻雀対戦してるし、貴方は空戦ゲームまでしてるし、一週間の献立レシピなんか眺めてるし、副隊長は居眠りしてるし。何で巡査部長の僕が警視や警部の書類を――」
「分かった、分かったから仕事の話はここまでだ」
「本当に分かってるとは思えませんが、まあ、車に戻りますか」
様々な警官グッズを衣服の下に隠すため休日とはいえ着用しているスーツを翻し、二人は屋上駐車場に戻った。京哉は屋上から青空を見上げる。
初冬らしく薄く刷いたような雲が流れていて風もかなり冷たい。霧島に促されて白いセダンの助手席に乗り込んだ。
「煙草、吸っても構わんぞ」
「遠慮なくお言葉に甘えます」
ショッピングモールの駐車場を出て、高低様々なビルの林立を目に映してからサイドウィンドウを僅かに下げ、京哉は煙草を咥えてオイルライターで火を点ける。
ここは首都圏下で県警本部の所在地でもある白藤市だ。二人の暮らすマンションは隣の真城市にあった。
霧島が運転する白いセダンは大都市の混み合った表通りから裏通りに入り込み、普通なら選ばないような一方通行路や細い路地を経て最速コースでバイパスに乗る。
京哉は機捜隊長を張る霧島の見事な運転をじっと眺め続けた。
やがて白藤市から真城市に入るとビルの林立は蜃気楼だったかのように消え、バイパス沿いには昼間から過剰な明かりを灯す郊外一軒型の店舗が建つばかりとなる。街道に降りると周囲は白藤市のベッドタウンとして住宅街がのっぺりと広がった。
そんな中を走ってスーパーカガミヤに辿り着く。夕食の食材を購入して再び白いセダンに乗ると月極駐車場までは五分だ。手分けして荷物を持ちマンションまで歩く。
エントランスを開錠しエレベーターで五階建ての五階まで上がった。角部屋の五〇一号室が二人の住処だ。ロックを解いて上がるとそこはダイニングキッチンである。
まず手洗いとうがいして食材を冷蔵庫に収めた。それから寝室で着替える。
ジャケットを脱いで警官グッズをダブルベッドの傍にあるライティングチェストの引き出しに入れ、京哉はチェックのシャツとジーンズを身に着けた。
機捜隊長としての暮らしが身に着いている霧島は休日と言いつつ呼び出しも想定して普段からドレスシャツとスラックスである。それでも京哉が背伸びしてタイを解いてやった。
タイを解きやすいよう屈んだ霧島が京哉を抱き締め、そのまま甘そうな唇を奪う。相変わらずの絶妙なテクニックで歯列を割られ、口内を舐め回されて京哉は喘いだ。
「っん……はあっ! やっ、だめです。まだお風呂も入ってないんですから」
「では今すぐ入ってこい。と言いたいが一休みするか」
珍しくも譲歩した霧島に頷いて、キッチンと続き間のリビングに移動する。
元々霧島が独りで住んでいた室内は床のオークに壁紙の白、調度はブラックでラグなどの差し色がブルーという四色で構成されていて結構スタイリッシュな空間だ。
だが殆どの物は部屋の備品であり、あとから霧島が買った物も選ぶのが面倒なので同じ色にしただけという。
そう聞いた京哉だがプレート一枚にも霧島らしいセンスを感じていた。
エアコンを入れてウィスキーとカットグラスを持ち出した霧島は二人掛けソファに腰を下ろし、TVニュースを見つつ早速ストレートで飲み始めた。
まるで二リットルペットボトルからウーロン茶を注いで干すような飲み方を見て京哉は文句を垂れる。
「幾らアルコールに強くても、そんな飲み方は肝臓に悪いですよ」
「では何か作ってくれるか、食事当番」
「はーい、ちょっと待ってて下さいね」
キッチンで黒いエプロンを着けた京哉は買ってきたばかりの食材で手早くハムレタスサラダを作るとドレッシングと箸を添えてリビングのロウテーブルに置いた。次は茹でたアスパラガスとエノキダケをベーコンで巻き、塩コショウしてさっと焼く。
四角いプレートに盛ると霧島に手渡した。
すると霧島はプレート上のものをまじまじ見つめる。
「どうかしたんですか?」
「以前お前が記憶を失くして十二歳に後退した時、これを作ってくれただろう?」
「ああ、そういうこともありましたよね、特別任務で撃たれて」
二人はどんどん激しさを増す特別任務に思いを馳せて遠い目をした。
「せっかく暗殺スナイパーも辞めたのに、またSAT狙撃班員に任命されるとはな」
「本部長命令ですから仕方ないですよ。けどSATは職務内というか合法というか、まだマシな気がしますよね。あれがマシと思える自分はもう麻痺してるのかなあ?」
「確かに私も麻痺してきたな、特別任務には。毎回内容を聞いてはドン引きしながらも、断るすべもなく便利に厄介事を押しつけられてしまっている。特に前回は結構きたな。まさかの自衛隊から機密物回収依頼とは」
「それが三毛猫争奪戦で銃撃戦ですもんね」
だがどんなに馬鹿馬鹿しい特別任務でも断れない。サッチョウ上層部の秘密を知りすぎてしまい、こちらも強要されたとはいえ京哉の現職警察官暗殺スナイパーという秘密を握られている。互いの秘密を護り合う上でこれもバーターだと思い、割り切るしかなかった。
それにただ飼い殺しにされず重用されているのは、キャリアながらも懲戒を食らった霧島にとって却って良い傾向と云えるのだから。
「もしかして忍さんって普通のキャリアとして扱われるようになったら、国家公務員だから殆ど二年以内に全国何処にでも異動しちゃうんですよね?」
「安心しろ。何処に異動しようがお前はつれて行く。私にはどうしても秘書でありバディであるお前が必要なのだからな」
当然のように霧島は言うが、京哉としては現実を見つめざるを得ない。
「だって僕は地方公務員だし高卒だし、だからまず幹部にはなれないし、サツカン辞めてまで貴方について行くとお荷物です。だから戻ってくるのを待って――」
「ふざけるなよ。一生涯を誓ったパートナー同士が離れてどうする。何もお前にサツカンを辞めろとは言わん、だがつれて行く。何のために特別任務を遂行している?」
鋭い視線には僅かに霧島が何かを企んでいる際に特有の色が混じっていた。
「えっ、まさか特別任務でも得た機密を楯に超法規的措置を要求する、そのために無茶振りに応えて今、握れるだけ秘密を握っておくってことですか?」
「それに見合うだけの働きは充分しているつもりだが?」
やはり霧島という男は食えない。
上は知っているから首輪をつけているのか、それとも犬だと思ったら首輪も引きちぎる狼を飼っているのを知らないのか、果たしてどちらだろうかと京哉は思う。
何れにせよ霧島は昇任を諦めてはいない。
霧島の望みは現場の捜査官たちを背負うこと、そしてより多くの彼らを背負うには相応の階級が必要だ。同様にこの自分も絶対に諦めたりしない。京哉はチラリと自分の左薬指の輝きを見る。
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