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第5話
「まあ、働いてますよね僕らは。それに僕はあまり嫌いじゃないんですよ、SATも特別任務も。いつも忍さんと一緒だし二人でいられますからちょっと嬉しいです」
「撃たれて骨折し、記憶をとばしてもそう言える、タフなお前が大好きだ」
「骨折したのは忍さんも同じじゃないですか」
言いつつ京哉は自分を護った挙げ句、代わりに撃たれた霧島の血の色を思い出す。
雨の中で水溜りを真っ赤に染めた。
そんな任務を好きと言ってしまい、切ないような胸の痛みを感じる。今更すぎて反省だとか後悔だとか、そういった具体的な言葉にはならない。
そこで何となくキッチンに戻り換気扇の下で煙草を一本吸うと、何気ない素振りでバスルームに向かった。手早く服を脱ぐとシャワーを浴びる。
温かい湯を頭から被り、シャンプーとボディソープで泡だらけにした。薄いヒゲも綺麗に剃ると一気に泡を流してバスタイムは終了だ。
バスルームを出てとっくに警察官としては服務規程違反レヴェルまで伸びた長めの髪をドライヤーで乾かし、新しい下着とチェックのシャツにジーンズを身に着ける。
冷蔵庫のミネラルウォーターをグラスに注いで手にするとリビングで霧島の隣に座った。そのまま横にずれて幅寄せする。グイグイと大柄な霧島を押してせっついた。
「忍さんもシャワー浴びてきて下さい」
「どうした、やけに積極的だな」
「約束は約束ですから。ほら、さっさと!」
「その色気のなさは何とかならんのか」
文句を言いながらも霧島はバスルームに立つ。京哉は霧島の飲みかけたウィスキーにミネラルウォーターを足してちびちびと飲み始めた。そうしながら点けっぱなしのTVを眺める。
何やら特番をやっていて『戦争を食い物にする男たち』なるお題のついた殺伐としたものだ。見ていると政財界の大物が映り始める。だが映像自体は凝っていない。
「話題になっていたノンフィクションの特番だな」
振り向くと霧島が首にバスタオルを掛けて立っていた。黒髪から雫が垂れている。
「ちゃんと拭いて下さい、風邪引きますよ」
「分かっている、ガミガミ言うな」
「で、これってそんなに有名な番組なんですか?」
「他国の戦争を利用して金儲けに走った大物を実名報道している。既に諸外国では放送され盛り上がっているらしい。見ろ、議員や有名企業の社長・会長の写真付きだ」
髪を拭いながら隣に腰掛けた霧島は水割りを一気飲みした。京哉は睨む。
「またそんな飲み方して。……確かに興味のない僕でも知った顔が沢山出てますね。外国人でもよく見る顔ばかりだし。でもこれ、事実なんですか?」
「河合泰造率いる河合フィルムが制作した番組だ。弱小メディアが話題性だけを追求して作ったのかも知れん。しかしすっぱ抜いた相手が相手だからな、あとで一悶着あるぞ」
「真偽不明ってことですか。人物はともかく内容も怪しいんですかね?」
「諸外国だけじゃない、日本にも意外と死の商人はいるからな。霧島カンパニーは武器を扱わないのがポリシーと公言しているが、それでもいつか何処かで武器弾薬の製造に関わっているだろう。そういう組織や人間たちが戦時特需での金儲けを狙って群がるんだ」
吐き捨てるように言った霧島は人命を守ることを至上とする警察官の中でも正義感の塊だ。明確な敵への対処を変えはしたが、貫かんとする正義は変わらない。
愛しい年上の男が本気でTV画面の人物たちに嫌悪を抱いているのを察して、京哉は宥めるように左手を軽く叩く。左薬指に京哉と同じリングが嵌った長い指を撫でた。
するとふいにその手を掴まれ、強く引かれて霧島の膝の間に倒れ込む。
「京哉……お前が欲しい、京哉!」
「あっ、だめです、ちょっと待って!」
「どうしてだめなんだ、私は勝ったぞ。約束しただろう?」
「だって冷蔵庫のアサリを塩水に浸すのを忘れてて」
「私よりアサリを取るのか?」
「アサリ相手にひがまないで下さい」
だがもう霧島は京哉にアサリの相手をさせる気はなさそうだった。倒れ込んだ京哉の上に身を倒すと耳に吐息を吹き込みながらうなじに指先を這わせる。
そこまでされて京哉も堪らなくなり霧島の躰の中心に触れた。そこは衣服の上からでも分かるほど張り詰めている。揺らめくような熱も感じられた。
この自分への想いの丈を象徴している。
「忍さん……くれますよね?」
「ああ、お前のものだ」
身を起こした京哉はソファの下のラグに跪くと霧島のベルトを緩めた。ドレスシャツの裾から手を侵入させて引き締まった腹から逞しい胸を撫でる。
すると清潔感のある柑橘系のオードトワレが匂った。ペンハリガンのブレナムブーケだ。普段は現場に匂いを残せないのでつけないが行為の時はこうして香らせてくれる。京哉も大好きな匂いだ。
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