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第61話
二時間ほどウトウトしただけで霧島は目を覚ました。
そこで京哉が起きたら何かまともなものを食わせてやろうと思いつく。だがパジャマを身に着け、よたよたとキッチンに出てみて自分の見込みがまだ甘かったと知り、掠れ声で唸った。
「チッ、まだこれか……」
そわそわした気分で座っていられないのに気付いたのだ。胃に穴が開きそうな焦燥感はかなり治まっていたが、心は得体の知れない何かに対し切迫している。傷つけてしまった京哉の躰への心配も湧いてきて不安で冷たい汗を滲ませた。
テーブルの煙草に未練を残しながら寝室に戻ろうとする。そこでパジャマの上衣と下着だけ着けた京哉が言葉通りに床を這ってくるのが見えた。慌てて駆け寄ろうとしてこちらもふらつく。様にならない事この上ないが何とか軽い躰を抱き上げた。
「何をしている、京哉!」
「だって貴方がいなかったから、てっきり外に逃げて、もとい出掛けたのかと」
「いいから寝ていろ。歩けもしないのにどうする?」
「やだっ、忍さんと一緒にいますっ!」
仕方なく京哉をリビングの二人掛けソファに寝かせ、エアコンと毛布で保温する。
「ここなら私が見えるだろう。だから寝ていろ」
「またそんなこと言って勝手に出掛けるつもりなんじゃないんですか?」
「そんなに信用できないのか?」
「はい」
即答されて気を悪くした霧島はTVを点けてニュースを聞きながら冷蔵庫の腹の中を漁り始めた。特に大事件も報道しないままニュースはトピックスへと切り替わる。
トピックスでは国連がビオーラ政府に対し改めてリンド島全域にPKFを送る通達を公式に出したと告げていた。三日後には本物の先遣隊も現地入りするらしい。
冷蔵庫から竹輪とチーズとちりめんじゃこという、刃物も要らず生で食べられそうなものばかりを出してきた霧島は、京哉がミケのため機捜の詰め所に持って行こうと思っていた竹輪を囓り始める。京哉はチーズを口にしてカロリー摂取にいそしんだ。
そのうち食べ飽きた霧島はロウテーブルにノートパソコンを置いて起動させる。
「何するんですか?」
「レジナG2、カメラが何処かに出ていないかと思ってな」
「じゃあ僕が検索しますよ。貴方はまだ座っていられないんでしょう?」
うろうろする霧島を横目に京哉は何とか上体を起こした。毛布の上でパソコンのキィボードを叩きディスプレイを眺めた。検索してみると結構な数がヒットする。新品がないのは分かっているので近道としてオークション関連を閲覧した。
「うわあ、ちょっとこれ、《故障品・部品取り用》で五十万円ですって!」
「故障品では話にならんな。完品はないのか?」
「一応ありますけど……百八十万円って書いてありますよ?」
「では、それを落札しておいてくれ」
「待って、貴方は今普通じゃないですから! もっとしみじみ考えましょうよ!」
焦った京哉は閲覧履歴を消すなりノートパソコンの電源を落とす。簡単に百八十万円をポチられては堪らない。幾ら霧島カンパニー会長御曹司でも本人が望みサツカンをやっている以上は耐乏官品なのだ。パートナーとしてしっかり締めねばならない。
「どうしてだ。カメラがないと私は一生コージの下僕なんだぞ」
「だめ、だめです。そんな高額商品を相手の顔も見ずに買うなんて許しません」
「ならばどうするんだ?」
「どうするって、まずは貴方がキチンと座っていられるようになってからです」
そう言われると弱いのは確かで、霧島はこの苛立ちをどうしてくれようと考えた挙げ句に手っ取り早くも簡単で割と健全なストレス解消方法を思いついた。
「この時間なら開いているな。よし、私はゲームセンターに行ってくる」
「ゲーセン……出掛けるんですね」
「ああ。お前は寝ていていいからな」
「ふざけないで下さい、安穏と寝ていられるとでも思ってるんですか? シャワーと着替え、手伝ってくれますね?」
そこで霧島は京哉が根性で起き上がれるようになるまで更に一時間ほど室内徘徊したのち、京哉と自分の入浴を同時に行い、再度二人分の傷の手当てをし、自分が着替えてから京哉に服を着せつけ……と、ここでも下僕となって働いた。
タイを締めてドレスシャツに銃を吊り、スーツ姿になった京哉はコートを羽織る。同じくスーツに銃を吊った霧島もコートに袖を通した。
とてもではないが二人とも運転はできないので準備ができると京哉が携帯でタクシーを呼ぶ。霧島に背を支えられ玄関を出た。マンションのエントランスを出るとタクシーは既に停まっていた。
そうして一時間後には白藤市内のショッピングモールに辿り着いている。二人が目的地としたのは以前にシューティング対戦したゲームセンターだった。
かくして時刻は二十一時半。ゲームセンターには意外なくらい人がいて、肩が触れ合うような距離感に京哉は霧島が喧嘩を売って歩くのではと緊張し続けた。
だがしなやかな足取りは戻っていて誰かにぶつかることもない。
「愉しむのはいいですけど、その手で何かを殴るようなのは止めて下さいね」
「分かっている、左手でやる」
京哉には意外だったが霧島はゲームセンター初心者ではないらしく、堂に入った遊び方をしていた。些末ながら両替したカネを湯水のように使い、様々なゲームにトライしていく。
パンチ力を測るゲームでは利き手ではないのに最高ポイントをマーク、シューティングゲームでは店内レコードを叩き出し見物人たちから称賛を浴びた。
そうして二時間も過ごした霧島はやっとゲーセンを出る気になったらしかった。腹が減ったのである。だが店外に出た所で京哉が見知った男の存在に気付いた。
「あっ、竹内警部補だ」
向こうも気付いたらしく新婚と噂の機捜一班長・竹内が近づいてくる。だが殆どの警察官がそうであるように竹内も一般人がいる所で敬礼しない。互いに会釈だ。
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