第8話

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第8話

 食しながら京哉は足元に寄ってきたオスの三毛猫ミケを遊ばせたが、長いしっぽに触れるとブワッとタワシのように毛を逆立て「シャーッ」と威嚇して去った。    気が荒く気紛れなミケは特別任務の付録で押しつけられたのだ。本当は飼いたかったがマンションはペット禁止なので二十四時間ずっと人のいる機捜につれ込んだのである。  あとでキャットイレの掃除とご飯もやらなきゃと思い、そういやあのビラは掃除に使えるかなと考えて今朝渡されたビラを出してみた。ついでに目を通す。  上司たちもビラを眺めていた。読み進めるとかなり具体的な一例が記事として載せられていた。 「ふうん。武器メーカーの会長を務める国会議員が、中南米の小国ビオーラで内戦当事者の将軍と密会して武器弾薬の商談をしたってことなんですね」 「与党の西村(にしむら)(いさお)衆議院議員センセイか。でもさ、本人じゃなくて私設第三秘書なんだろ、密会したのは。それなら幾らでも言い訳できるんじゃないか。さっさと会見でも開けばいいのにな」 「小田切、誰もが貴様ほど単純ならば、そもそも内戦も起こらん。この武器メーカー会長で現職衆議院議員なる男も貴様と同じく浅知恵で私設第三秘書を遣わしたのだろうが、現在のメディアとネットの至上時代に言い訳すればするほど炎上するぞ」  確かに霧島の意見は的を射ていたが、半分は小田切の鼻をへし折るために口先だけで喋っているのだと京哉は看破していた。暫し上司たちのやり取りを黙って聞く。 「それでも立場ある人間として説明責任は発生するし、この場合は河合フィルムによって発生させられただろ。なのに霧島さんは言い訳するなって言うのかい?」 「この状況下ではな。個人なら戦い方は自由だ。だが個人でなく社を背負った人間の場合は話が違う。挑発に乗っても何の利益も生まん。生むのは多大な損失だけだ。代表者だの看板たる人間だのの不用意な発言で企業体としての評判は地に落ち、株価も下がる。今はまだ罪状認否にも答えず完全黙秘を貫くしかない」 「ふうん、そんなもんかな」 「ああ。せめて社の方針が決まるまで耐えた方が賢明だ、白なら余計にな。河合フィルムに莫大な風評被害額は賄えん」  何も霧島は暗殺肯定派として真っ黒だった霧島カンパニーを喩えに持ってきたのではなく一般論を語っただけである。  司法を信じるなら黒は負けで白は勝つが、そんな綺麗事で世は動かない。特に企業は利益追求団体として問題にされた場合、白黒どちらであっても白を主張するか黒を認めるかを損得で決めるのだ。  認めた上で末端を生贄として切り落として差し出し、最小限の損失で済ませることもある。差し出す際も逆に企業に不利な形で黒の証拠を提出されないよう生贄を慎重に選ぶ。もしもあとで更なる裁判沙汰になったとしても企業として全体的に損でなければ勝ちなのだ。  そういった判断を誤ると生き残れないのが資本主義である。 「貴様の言う通り説明責任を全うすれば本人の気は済むかも知れん。だが会見を開くなり議場で野党の追及に答えるなりしても世間は既にジャッジを下したも同然だぞ」  言って霧島は灰色の目でTVを示した。  ワイドショーでは昨日の『戦争を食い物にする男たち』に関するコーナーが始まり、コメンテーターらが河合フィルムや報道の真偽に、当の『男たち』の人となりに至るまで無責任にも思える様々な憶測を喋っている。  しかし京哉個人はフェアな一視聴者のつもりながら、既に全てグレイか黒に判定されているように聞こえた。 「ヤリ玉に挙げられているのは西村議員だけじゃないみたいですね」 「この記事の写真を見たら分かる、そうそうたるメンバーが揃い踏みだ」 「じゃあ河合フィルムにすっぱ抜かれた人は、みんな大炎上かも知れませんね」 「ふあーあ。そんなに気に食わなきゃ西村議員その他に生卵でも投げてやりゃいい」 「警察官にあるまじき発言ですね。宜しくありませんよ、小田切さん」 「寝惚けた小田切には漬物石か砲弾でも投げて目を覚まさせてやるべきだな」  喋りながら美味しく食し終え、京哉は茶を淹れ直して小田切と自分の灰皿の吸い殻を捨てる。再び煙草を咥えて午後の仕事を始めようとした時、耳につくニュース速報の音がした。  詰め所にいた皆が身を浮かせてTVを注視する。  テロップが流れた。 《衆議院議員・西村勲氏の事務所に集団投石。複数の怪我人が出ている模様》 「って、マジかよ?」  小田切は呟いたが皆は安堵し座り直した。西村議員の事務所は管内でなく都内だ。直接自分たちに関係ない。だが京哉はブラウザを立ち上げてニュース検索してみた。まだ何処もアップしていない。しかし幾らも経たずTVがニュースに切り替わる。 《十二時十五分頃、一般市民と思しき十名と活動家らしき二名の計十二名が都内の西村勲衆議院議員の事務所前で議員に対して投石をしました。既に容疑者は全員警察に身柄確保されましたが、西村議員とSP二名が石の直撃を受けて頭部に怪我を負い、病院に搬送されました。西村議員は軽傷ですが、SP二名は予断を許さぬ状況ということです――》  TV画面が再び切り替わり西村議員事務所のエントランスが映る。警察関係者とメディアの人間でごった返すそこには、こぶし大の石が点々と転がり生々しく流れた血の中に『リンド島を救え!』なる文字が書かれたプラカードや横断幕が落ちていた。  テロにしてはお粗末な道具立てだが結果は重大、霧島は眉間に不機嫌を溜め唸る。 「リンド島とは何だ?」 「これ、ちゃんと読まなかったんですか?」  例の資源ゴミを京哉は指差した。その裏面には確かに中南米の小国ビオーラのリンド島における内戦が云々とある。霧島はビラを再び手に取り記事に目を通し始めた。  すぐに読み終えたらしく、いきなりそれをクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ込む。 「何の罪もない人間にまで被害を及ばせて何が活動家で一般市民だ!」  管轄こそ違うがセキュリティポリス(SP)は警備部所属の警察官だ。怒りに灰色の目を煌かせ、珍しく皆の前で低く喚いた霧島に京哉は宥める口調で溜息混じりに言った。 「活動キャンペーンなら平和的にティッシュでも配ればいいんですよね」 「子供には風船か? ふん」  霧島は鼻を鳴らし腕組みした。 「もういい、私は寝るからな」  宣言すると霧島はデスクに就いたまま目を瞑ってしまう。 「あっ、義憤に駆られたふりしてサボろうったって騙されませんからね!」  霧島を叩き起こしたのは京哉の声ではなかった。デスク上の警電が鳴ったのだ。 「こちら機捜の霧島」 《#一ノ瀬__いちのせ__#だ。悪いが小田切くんと鳴海くんも一緒にわたしの部屋まで来てくれ》  それだけで警電を切った相手は県警本部長の一ノ瀬警視監だった。  切れた警電をじっと霧島は見つめる。このパターンは宜しくない予感、いや、殆ど確信でうんざりしていた。だが相手は本部長である。蹴飛ばせる相手ではない。  仕方なく京哉と小田切に告げた。
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