第二章

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「あぁ〜、やっぱり俺じゃ駄目なんですね。分かってましたよ。だって俺、ヲタクじゃなくても、女装コスプレイヤー推してるんですから〜」  見合いの準備、というか有給の消化によって潤はこの日から会社を休んでいた。  欠員が出たぶんを補う為に彼らはテキパキと仕事をこなさなくてはならないのだが、碧に至っては仕事に全く集中せずに結弦に向かって愚痴を溢している。 「……何だかんだいって、ヲタクってのは自覚してないんですね。それよりも、酔っ払ってます? 呂律が回ってないですよ」  溜め息混じりに彼に向かって辛辣な一言を呟く。ツルネちゃんに言われていると思えば彼にとってはこれも歴としたご褒美なのだろう。  もちろん内山とは違い、ここは会社なことに加えて仕事中なので酒は一滴も飲んでいない。 「飲んでないに決まってるじゃないですか。俺がお酒飲んだらもっとヤバイの知ってる癖にそんなこと言わないでくださいよ。今からコンビニでお酒買ってきて皆んなの仕事を邪魔しますよ〜」  酒癖が悪い彼だからこそ言えることだ。一連の台詞を見れば誰もが酔っ払っているでは、と言いたくなる。  まあ、何かプライベートのことに影響されて中々仕事が進まないというのは心当たりがある人も多いのではないであろうか。  そういうときは"休息第一"、これが結弦のモットーだ。 「はいはい、やめてくださいね。残りの仕事は俺がやっておくので……もし、邪魔したら怒っちゃいますよ! というか完全にベタ惚れじゃないですか。散々、振り回してきたのはそっちなのに」  もう完全に結弦は彼に呆れているのが、対応から分かる。  でも、内山のときと同じで仕事をわざわざ代わりにやってくれるのは彼らを信用していて、好いているからできることだろう。友達が憂鬱な状態だからといって、仕事を率先してやろうとする人は極僅かと言ってもよい。 「だって、ほら好きな人は大切にしたいじゃないですか? 傷付けたくないんですよ。でもやっぱり、あんなことやこんなことをできるかと言うと──」  今日の碧はやけに素直だ。  それよりも、ここがかなりカオスな職場というのがひしひしと伝わってくる。  仕事中にサボって愚痴を言っている人の仕事を代わりにやってくれる女装男子。もうこの文面だけで恐らく大半の人が「?」となる。流石に職場では女装はしていないが。一度貼られたレッテルは中々外れない。 「あー! 分かりました、分かりました! 違うんですよ。それを本人に伝えれば良いんです。そしたら一件落着なんですよ。もしかして、キャラ変したんですか? だったら、すみません」  彼への対応も段々と雑になっている。潤と碧のみの会話は碧がツッコミ役に回っているのに、この二人だとまた別。  彼らはきちんとした常識人ではあるのだが、やはり何処か抜けているのだ。"タレカン★残念イケメーンズ"という言葉もあながち間違っていないのではないだろうか。 「キャラ変というか、潤くんがお見合い行くって決めたのがすっごいショックでこうなってんだろ〜? 可愛いやつだなぁ」  相槌を打ちながら東堂が、さり気なく会話に割り込んでくる。  そして、どさくさに紛れて碧の机に書類の山という仕事を大量に乗せた。恋愛話や惚気話を喋っている暇があれば仕事をしなさい、ということらしい。 「あれ、東堂先輩……居たんですね」 「……」  最早お決まりである、結弦からのこれらの言葉に東堂は何も返せなくなる。表情は何処か不満がありそうな感じだ。  しかし、結弦はネタではなく本気でこう言っているのだから東堂が取り敢えず責めるなんて浅はかなことは出来る筈が無かった。 「……伝える、ですか?」  冷たい雰囲気をスルーして彼が言葉を挟む。加えて東堂から今まで発された言葉は全て頭に入っていないのも分かる。  それは仕方ない。なぜなら"伝える"というたった一つの単語が、彼の脳に焼き付いて離れなかったのだから。 「そうです。伝えたら一件落着なんですっ!」  ──そういえばアイツは手紙で俺に気持ちを伝えてくれたんだよな。だったら俺も手紙で……。よし、アイツともう一回だけ会って潤がいるから付き合えないってしっかり伝えるか。  碧は再び彼女に会い、潤にこれから振られたとしてもよりを戻さないということを決心した。  今は彼女のことを好きではない、という些細な気持ちが、潤に想いを手紙で伝えることへの判断に至ったのだ。  けれども彼女と再び出会い、彼は驚くべき事実を知ることとなってしまう。
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