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立派な和風建築に加えて驚くほどに広い敷地、庭には触れると冷たいであろう橋の掛かった池に美しく咲き誇る寒桜が数本植わっている。
桜の花弁が数枚風によって靡くとふわりと音も立てずに潤の髪に着地した。
それらの色褪せた桃色が彼の髪色に映え、まるで簪のようでうっとりとしてしまう。
──実家に帰って来るのって久しぶりだな。そういえばよく幼馴染の子たちと桜の木の下でおままごとでもしたっけ……。
懐かしさを感じる綺麗な風景に彼はごくりと息を呑んだ。
そう、あれから一週間ほどの時が流れ、潤は実家へお見合いをしに来たのである。
と言っても彼は勿論、お見合いを承諾する気はない。親に言われて仕方なく有給を消化したのだ。
「……潤兄?」
ふと、聞き覚えのない透き通った淡い声が耳に届き、彼は玄関にゆっくりと視線を移した。
けれども、潤は三人兄弟なので彼のことを『兄』と呼ぶ人は一人しかいない。聞き覚えが無いのは会わない間に声変わりをしたと考えるのが自然だろう。
「もしかして、善か……?」
其処には如何にも好青年と言っていい程の優しげな顔付きに彼と同じ凛とした黒髪をした男が立っている。
また、服装は薄い黒の着物を纏っていて、潤と兄弟だからか、顔はれっきとしたイケメンだ。
桜の目の前で二人のイケメンが顔を見合わせているのは目の保養だと感じる人も多いのではないであろうか。
「もしかしてって……僕のこと忘れたんですか? 確かに声変わりもしましたし、身長はあれから五センチ程伸びましたけど」
眉を吊り上げ怒っている素振りを見せながら、善は言った。
しかし、彼にはそれよりも袖から見える善の白く華奢な腕が気に掛かったのかもしれない。その問いには返事をせずに別の話題を口にする。
「……善、ちゃんと栄養は取ってるんですか?」
長い間会っていなくても世界で一人だけの弟なのだから、潤は心配そうにしている。
腕の華奢さを例に出せば、あのかなり華奢な結弦よりも一回り細いくらいだ。目立って頬が痩けた様子は無いが、浴衣をはだけば、鎖骨も背骨もはっきりと見えるであろう。
「その、凛兄が家から出てってから稽古が増々厳しくなりまして……。あまり食事が喉を通らないんです。でも稽古は好きなので、心配なさらないでください」
儚い笑みを見せながら善は言う。
稽古や親の指導が厳しいせいで病んでいるようにも感じるが、まだ目は生きている。瞳にはしっかりと光があり、見せた笑顔も偽りのものではないようだ。
きっと日本舞踊が心から好きなのだろう。それでも身体的に影響が出ているのは事実で、これ以上を無理をすると壊れてしまうかもしれない。
「俺が言えたことでは無いですが、何かあったら直ぐに助けを求めていいんですよ。善の高校も俺の家から十分通える距離なんですから」
彼が言いたいのは自分が家から追い出されたことで起こってしまったことなのだから、ということ。
親のせいで子がここまで作を練ろうとしているのは少し可哀想な気もする。
「お気遣いありがとうございます。けど、僕は本当に大丈夫ですので。寒いと思うので早く中へ」
「……念の為ですよ? 絶対に何かあったら言ってくださいね。じゃあ、お邪魔します」
善の年頃の子が呟く『大丈夫』は決して『大丈夫』なんかではない。こんなことはきちんと理解していた為、潤はもう一度だけさり気なく怒りながらも念を押す。
そんな潤に善は目を見開いて驚いた素振りをした。
「潤兄、以前と雰囲気が変わりましたね……前までは誰も寄せ付けないくらいに冷徹で、決して笑ったり、怒ったりしなかったのに。……あと、おかえりなさい潤兄」
そう言う驚きを見せる言葉に反して、善の表情は天使のように優しく朗らかな笑みを見せている。もし此処に恋愛対象が高校生の人がいれば一瞬で恋に堕ちてしまうであろう。
一方、彼は善の台詞の意味を理解できず頭にはてなを浮かべてこう言った。
「……? あまり自覚はないが、ただいま……善」
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