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潤の手紙を持つ手が小刻みに震えているのを結弦はそっと見つめていた。
彼が手紙の内容を声に出して読むものだから、内容は全て把握しているし、完全に両想いとも思える潤の反応で此方まで照れてきてしまう。
しかし、それよりも一連の流れを振り返ったことでますます碧の容態が気に掛かる。
勿論、手紙を受け取った彼も同じ思いだった。
「と、東堂先輩っ! 碧は、碧は一体何処にいるんですか……!?」
漂う緊張感を押し抜けて、彼は大きな声で叫ぶように問う。
確かに声量は途轍もないものだったが、声は触れれば罅を作り、壊れそうな程に震えているのが何とも痛ましい。
彼に対して東堂は気不味い雰囲気を放ちながら申し訳なさそうに口を開いた。
「……病棟の二〇一号室に居るはずだよ。けど、あのな、言い難いんだけどさ、実は碧くん──」
"二〇一号室"という居場所を仄めかす単語を聞いた瞬間、潤は病棟に向かって一目散に走り出す。
後に付け足され、申し訳なさそうに発された言葉には一切、耳にも止めずに。
***
── ……二〇一、二〇一、あった! 此処か!
看護師の注意を完全に無視し、病院内を全力疾走し続けたことで血流の巡りがよくなり、心臓が激しく鼓動を早める。
彼は病室の中に居る碧がどうなっているのか心配と不安を顕にしながら扉を開けた。
「……碧!」
右側の窓際にあるベッドだけ、分かりやすくカーテンが閉まっている。きっとここに碧が眠っているのであろう。
立ち止まっているだけでは何も進まない。
一旦深呼吸をしてから、思いっきりカーテンを開けた。
「……」
目の前にある光景を見た途端、心臓が爆破するように激しく痛む。碧は目を閉じて死んだように白いベッドで横になっている。
不謹慎かもしれないが、目を閉じていても分かる整った顔が陽光に照らされていて美しい。
恐らく亡くなっているのならば不必要な点滴は打たないので、今、彼は生きていると、潤は認識する。
が、脳内が不安と不穏で埋め尽くされていた潤にはそれがとても恐ろしいことに思えた。
「あ、碧……嫌だ、死ぬなよ。置いていくな」
身体が火照り、体温が上がっていくのが分かる。
視界が碧を見せまいとでも言うように段々とぼやけていき、彼は自分が泣いているのを悟った。
加えて潤は視界に入った碧の手を優しく握った挙句、その場に座り込んでしまう。
「……何で俺がアイツと結婚するって決めつけるんだよ。俺が好きなのは元カノじゃなくて碧なんだよ? お前が事故ったって連絡貰って、見合いをすっぽかして駆け付けるくらいにお前しか見えてないんだ」
白いシーツが次々と溢れる彼の涙によって、じんわりと濡れていく。
もしかしたら、今後容態が悪化して亡くなってしまうかもしれない。また、既に植物状態に陥っていて、一生眠ったままかもしれない。
そんな非現実的な話を一番大切な人によって身近なものにされてしまうだなんて思ってもいなかった。
「愛してるんだ、如何しようもなく碧を愛してるんだよ。それに死ぬまで側にいるって言ったじゃないか。お前が死んだら有言実行できないだろ……」
互いが愛しているからこそ、伝えたかったことが伝わらないまま終わってしまうだなんて、あまりにも気の毒ではないだろうか。
すると、潤が碧の手に涙を溢した次の瞬間、今まで一方的に握り込んでいた手のひらがぎゅっと握り返される。
「……ふふっ、ごめっ、笑いが堪えきれなかった。俺、生きてるし、事故なんか遭ってないよ」
「……は?」
涙がぴたりと止まった時に不意に目に入った碧の顔は、憑き物が落ちたように、穏やかで柔んでいる。
仕舞には、いつも通りの日本人男性全員が憎むくらいのイケメンだった。
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