第二章

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 場所は変わり、会社近くの和風カフェ。  碧は彩葉と連絡を取り、再び出会う約束を取り付けていた。時刻は仕事終わりな為数字だけ見れば夕方だが、まだ外はほんの少しだけ明るい状態である。  カフェの心地よいベルの鳴るドアがゆっくりと開く。どうやら漸く彼女がここに来たようだ。 「菊池くん! 連絡してくれてありがとう。もしかしたら、断られちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしちゃったよ。それで早速だけど──」  仕事終わりと分かる黒いスーツ姿で彼の座っている席の方へ駆け付けてきた。色気のある首元には汗が伝っていて、かなり急いで走って来たのが分かる。  嬉しそうな笑みを見せながら何かの提案をしようとしていたが、碧はこれ以上彼女を期待させる訳にもいかずに言葉を遮った。 「違うんだ。今日会ったのは正式にお付き合いをするのをお断りしようと思って……申し訳ないけど、俺、お前とは付き合えない」  しっかり目を合わせて真剣な表情を見せて呟く。  その表情できちんと嘘ではないと読み取れてしまうからか、彼女はそれに対して噂でしょ、と否定的な疑いをすることはなかった。 「……え、なんでよ、菊池くん。私なんかよりも、あの男が良いって言うの?」  けれどもやはり、よりを戻す前提で連絡先を渡した彼女には疑問を抱くきっかけになってしまったらしく、机を思いっきり叩いて怒ったように問われてしまう。  様子から分かるくらいに彼女はとても必死のようでどうにか説得できないかと試みている様子だった。 「そうだよ。俺はアイツが好きなんだ。ところでさ、お前はどうして()()、このタイミングで俺に会いに来たんだ?」  "今更"というのは別れてから、よりを戻そうとするまでの期間が長すぎるという訳だろう。  しかも、潤のお見合いのタイミングと彼が彼女と再会するタイミングが不自然極まりないくらいに一致している。  もしかしたら彼女たちが何らかによって企てた巧妙な罠なのでは、と考えてしまう程だ。 「だ、だから、それはSNSの動画を見て──」  その言葉に彼女は怪しいと言わんばかりの表情と対応を見せた。例えば冷や汗がダラダラと頬を流れているのに加えて、笑みはかなり不自然でそれはもう動揺しているのが分かるのである。 「……それはただのきっかけにすぎなかった」 「え?」  意味不明過ぎる彼が突如発した言葉には彼女も思わず、声を漏らしてしまう。  けれども、彼女にはその意味の分からない些細な一文が自分の全てを見透かされたように感じたのか、より一層焦りが増す。 「お前さ、()()さんって人知ってるだろ?」  九条というのは紛れもなく、潤とお見合いをする紗花のこと。  何故、彼が二人には全く関係の無い名前を出したのかというと彼女と紗花が知り合いだという確証があったからだ。  以前に貰ったメモには彩葉の連絡先に加えて職場の連絡先が書き込んであった。  実はそれを見て直ぐに職場のホームページを調べていたのである。二人の勤めている会社は社員数の少ないベンチャー企業なことも踏まえ、なんとそこには、紛れもない彩葉のフルネームと共に紗花のフルネームも掲載されていた。  碧が潤の元カノに関することで知っていたのは、電話越しに聞いたフルネームとある程度推測できる年齢のみだが、それでも只でさえ珍しい名字と名前だ。言い逃れはできるまい。 「そ、そんな女の人知らないわっ!」  本人からみれば探偵でも雇ったのかという程の推理に彼女はかなり困惑しているみたいだ。  子供でも気付いてしまうくらいに、分かりやすく()()をしている。 「別に俺、九条さんが女の人だなんて言ってないけど」 「……」  完全に不貞腐れているようで、もう彼女は何も話さなくなった。暫くは二人の間には無言が続いてしまったが、大きく溜め息を付くと、彼女が再び息を吸って口を開く。 「……よりを戻すのは諦めるから、ちょっとだけ私の話を聞いてくれないかな? 菊池君は私に利用されたように思えるかもしれないけど、こうするしか無かったのよ。私なりに必死に考えたの」 「もちろんだよ。元とは言え今まではお前が忘れられないくらいに好きだったんだからな」 「……ありがとう」 「別に、お礼を言われるようなことはしてないから」  ここだけ見ると碧がツンデレキャラで可愛らしいカップルの会話にしか見えない。美男美女なので尚更、絵になるのだ。  彼女は先程とは違って天使のように優しく微笑んで、彼とよりを戻そうとするきっかけから今に至るまでの経緯を説明してくれた。
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