第二章

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 彩葉との和解や潤が側に居なくなった日から既に何日か経った。"何日か"というのは潤が居なくなってからの碧の時間の感覚が滅裂になっているからだ。  もしかしたら、まだ一日しか経っていないかもしれないし、もう三日程は経ったかもしれない。 「碧くん、顔色悪いけど大丈夫……?」  東堂は碧の顔を覗き込み、心配そうに問い掛けた。  唇は異常な程に青白く、顔色は真っ青だ。特に一番はじめに目につく酷い隈はそういう類の化粧しているのかと疑いたくなるくらいにはっきりとしているのである。  これを仮に物として例えるならば、カッコイイビジュアル系のメイクを見様見真似でしようとして失敗したというのが一番近いと思う。 「……え゙っ?? 潤がなんだって??」  辛うじて音になっている酷く枯れた声で返事をした。  因みに今からは営業と同行してお客様との打ち合わせに行くところになる。  潤が居なくなってから彼は潤が本来やる筈だった仕事を自分の仕事もままならないまま肩代わりした挙句に、以前よりも積極的に仕事に専念するようになった。  それだけならまだ良いものの、何とあれから何一つ固形物を口にしていないという。また、睡眠も思うようにとっていない。 「じゅ、潤くんの話はなにもしてないよ……?」  焦ったように取りあえず返事をする東堂。  その間も彼は立ち眩みでも起きているかのように、フラフラとその場を右往左往していた。吐き気もあるように見られるが、何せ食べ物を口にして居ないので吐いたとしても胃液だけだろう。 「あ゙ぁ?? そうそう、これ、お前に……。それより聞いてくれよ、今目の前に居る潤が、何だか東堂先輩に見えるんだよ。きっと天からの迎えが来たから、幻覚まで見えるようになってしまったんだな」  そう言って彼はカバンの中から取り出した一通の手紙を東堂に手渡した。封筒にはしっかりと"潤へ"と書かれている。  吐き気のみに留まらず、頭痛も酷いようで頭を手のひらで抑えながらの言葉だった。 「いや、目の前に居るのは東堂お兄さんだから当たり前だけど……」  さり気なく東堂は楽しそうにツッコんでいるが、そんなことを言っている場合ではないだろう。彼は走馬灯と同じレベルにやばいとも言える幻覚を完璧に見てしまっているのだ。  いや、妄想を具現化しようとしているだけなのかもしれない。その証拠に段々と彼は道路の方へフラフラと進んでいく。 「ちょ! 碧くんっ!!?? そっちは危ないって!」  悲鳴に近い大声を上げながら、目を見開いて絶望している。  まるで、ムンクの叫びのようだった。  けれども彼は体調不良によって焦点の合っていない目線を合わせるのに必死そうだ。 「ふえ?」  東堂の頼みも叶う筈が無く、彼はそのまま硬いコンクリートの地面に打ち付けられた。  気を失いそうになっているのか、睡眠不足による眠気なのかは分からないが、意識は段々と遠退いていく。  ──あれ、なんか上手くに立てない……もしかして、倒れてるのか? 車がこっちにきてる。……あぁ……俺、死んだ。  直ぐに車は異変に気付き、急ブレーキを掛ける。  そして、こちらに必死に声を掛けている紛れもない東堂の顔が、潤の顔に見えてしまって安心をした彼はそのままそっと目を閉じるのだった。
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