第二章

31/40
前へ
/130ページ
次へ
 碧は彩葉との約束──企んでいたお見合いに纏わることは出来るだけ他人に口外しないというものを守りながら、今までの出来事を説明した。勿論、この話を話さなければただ彼が潤が居なくて病んだというだけの出来事になるだろう。  きっとそれらのことに対して潤本人は悪い気はしていないかもしれないが、聞いている此方が恥ずかしくなる内容である。 「あ、はぁ……なるほど。えっと、俺の事がそんなに好きだったってことだよな……」 「……う、うん」  お互い目を逸らして、頬を赤らめながら二人だけの世界へ浸っていく彼ら。加えて、語尾には目の錯覚によりバカップル専用のハートマークが見えるのだが、気のせいだろうか。  その様子を恋人の居ない東堂だけが酷く冷たい目で見つめていた。一方で結弦は二人を温かい目で見守り続けている。 「ちょっと待って? 東堂お兄さんたち、目の前で惚気話聞かされてる? よりによって恋人が居ない東堂お兄さんの前で……酷いっ!」  東堂は容姿に見合わない程に可愛らしいくまさんのハンカチをぎゅっと噛み、悔し涙を流していた。  金銭面も問題があるどころか羨ましい程に豊か。それに加えて、容姿も客観的に評価すれば悪くはない。だから、本気になれば直ぐに恋人くらい出来そうだと言うのに……。  今でも恋人が居ないのはやはり、前に言っていた"片想い"を長年拗らせているせいなのかもしれない。 「じゃあ、後は二人でごゆっくりどうぞ〜」  にこりと朗らかに微笑んで結弦は呟いた。  そして、泣き喚いている東堂の高そうなスーツを思いっ切り引っ張って病室の外へと連れ出して行く。  因みに東堂はというと、病室の扉が閉まる直前まで「恋人欲しい! 恋人欲しい!」とまるで子供が駄々をこねるように叫び続けていた。 「……そ、それで、骨は折れて無かったんだけど、倒れたときに頭を打った可能性があるから、脳が内出血していないか様子を見る為に二日ほど入院しないといけないらしいんだ」 「そうか。取り敢えず、ずっと寝なかった挙句に飯も食べずに仕事ばかりしてたんだし、暫くは遠慮なく休めよ?」 「……ああ、そうするよ」  その返事を境に彼等の間は数秒の間だけ無言が貫かれる。  扉を閉め切っているだけではなく、此処の四人部屋には碧以外の患者は居なかった。なので部屋は怖いくらいに静かだ。 「「あのさっ……!!」」  二人は華麗にハモってしまう。それから顔を見合わせて照れ合った。先程と同様で、長い間当たり前のように惚気ている姿は見ている此方が本当に恥ずかしくなる。  今までは心の奥底にある気持ちを面と向かって言えなかった。にも関わらず、今はデレデレだ。両想いなのが分かって嬉しい気持ちはよく分かるが、彼の体調面にも気を遣うべきではないか。  ハモった理由に関しては、もしかしたら、彼等にはどうしても気掛かりなことがあったのかもしれない。 「さ、先、お前が言っていいよ!」  照れながらも、潤から目を逸らして言う。  二人が言おうとした内容は深く考えなくてもきっと同じことなのだから、潤に"質問する"という恥ずかしい役回りをたらい回したと言っても良いであろう。 「そ、そう、なら遠慮なく……。えっと、手紙によると俺達って両想いらしいし? 付き合うって事でいいんだよな……?」  潤は話を話題にする権利を譲って貰ったことに関しては気にせずに話を続けた。  恥ずかしいのか、緊張しているのか、戸惑っているのか、という詳細は分からないが変に声が裏返ってしまっている。 「で、でもお前には見合いがあるんだろ……?」 「それは断るよ。確かにあの時は冷静じゃなかったけど、見合い中に抜け出して来たんだからどうせ破断になるだろうし……。結婚しないと日本舞踊を受け継ぐ子供がいないっていう問題も、近年では同性カップルでも里親や養親になれたっていう事例があるから大丈夫だと思う」 「え?」  長々と説明をする潤に対して驚き、思わず声を漏らしていた。  何故、彼がそんな態度を取るのか分からないようで、潤は困った素振りを見せながらも、おもむろに口を開く。 「……あれ? 俺、何か変なこと言った?」 「いや、養子って所謂、俺たちの間に子供が出来るってことだろ? それってプロポ──」 「黙れ」  彼の言葉を聞いて自分が先程放った台詞を脳内で振り返ったみたいだ。どうやら、自分がプロポーズもどきなことを一方的に言っていることに気付いたらしい。  今までで見たこともないくらいに、茹でダコみたく真っ赤になっている潤。それが酷く可愛らしく感じた碧は、脳内で何枚もその光景をスクショをするのだった。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加