第一章

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第一章

 ここはブラック企業が多い世の中、誰もが羨むであろう超絶ホワイト企業の『タレブラカンパニー』。通称タレカン。  社員の健康を考慮しているとも言える、残業ほぼ無しの出社午前九時、退社五時半。  それに反してなんと年収は、新卒の時点で平均五百万円以上。ということが理由で、就職先を選ぶ学生達が支持している会社だ。  もちろん、社員の頑張りや属する部署によって年収は異なるのだが。  まあ、残念なことに、ここに勤めるのは容易ではない。会社に伴った学歴や資格、スキルが必要だ。  ところで、皆は知っているだろうか。  『馬鹿と天才は紙一重』という言葉を……。  そう、そのせいかこの会社。  特にこの部署──『企画開発部』は個性的な社員が多いことでも有名なのだ。  *** 「……この企画案、シンが置いていった物なのですが、如何しますか?」  そう言って資料を両手に溢れる程持っているのは、企画開発部の一人である加藤潤(かとうじゅん)。  黒髪で眼鏡を掛けている、いかにも頭が良さそうな男だ。  因みに、社内で女性社員が非公式で称えている『タレカン★残念イケメーンズ』の三人の内の一人でもある。元々は四人だったのだが、その内の一人が先日退職してしまった為、三人へと変更された。  タレカン★残念イケメーンズの潤に部長が返事をする。 「ああ、ちょっと確認させてくれ」  と。部長は特にイケメンでもない。強いて言えば、驚くほどに仕事ができる。企画開発部の中では『タレカンの父』と称えられるくらい。  あくまで企画開発部の中ではの話だが……。 「ん? 何だコレ??」  部長が水色の便箋を持って呟いた。  どうやら渡された資料の中に紛れ込んでいたようだ。その様子を目にした社員が次々と集まってくる。 「何かあったんですか?」  澄ましたように声を掛けるのは、タレカン★残念イケメーンズの一人である菊池碧(きくちあお)。  海外の血が流れていることから、社内でトップクラスのイケメンであり、それは芸能人の中でも見劣りしないレベル。  それは、渋谷で一歩歩く度に、スカウトされるくらいである。 「手紙のような物が紛れ込んでいたんだ……」  碧含む、集まってきた皆に簡単に説明する。  部長が手紙をくるっと回すと、便箋の縁に消えかかった文字が書いてあった。  所々、文字が消えかかっていて読めなくなっている。 『To────.──r──m シ──』  Toと書いてある事から、誰かに向けた手紙であることは間違えないだろう。  宛名の無い手紙を見て不思議に思った社員は、顔を見合わせた。 「多分シンのでは? 字は消えかかってますけれど、注意して読めば分かります」  天才的な頭脳で潤が推理すると同時に、周りから小さな歓声が湧く。  シンという人物は今までの流れでおおよそ予想は付いているかもしれないが、先日退職してしまった社員のことである。  また、先程の推理が誰でも分かることだということは伏せておこう。 「ところで何故、字が消えかかっているんだ?」  部長の問いに、皆が頭を抱えて熟考する。  結論付ける程の考えが思いつかない中、碧が閃いたように話し始めた。 「この字……。おそらくフリクションのペンで書いてありますよね。そう言えば、潤。コーヒーを資料の上に置いてなかったか?」  社内が「おお」という歓声で溢れかえる。  そう、手紙は資料の上から二番目のところに挟まっていた。  コーヒー淹れたての熱で字が消えてしまったと考えても不思議ではない。  余談だが、フリクションのペンとは、摩擦や熱で書いた文字を消すことができるのだ。 「そうか、あつあつのコーヒーを資料の上に乗せていたせいで字が消えてしまったのか!」  人一倍驚いていたのは、潤だったが、無理もない。潤は企画開発部の中で最高学歴にも関わらず、先に結論を出すことができなかったのだから。 「この手紙ってどんな内容だと思います?」  社員の一人が声を上げる。  確かにフリクションで宛名を書いたと分かっても何の意味もない。 「も、もしかして……。遺書じゃあないですか!? だってあれからシンと連絡つかないし……」  青褪めた顔で支離滅裂な推理をするのは最後のタレカン★残念イケメーンズの一人、御園由多(みそのゆた)。  女の子らしい顔立ちや背丈から、密かに男性社員にも人気がある。  普段から子どもっぽい立ち振る舞いだということも踏まえ、臆病でビクビクするタイプであり、死ぬまで守ってあげたくなる、と言われることが多いらしい。  本人は可愛いよりも、カッコイイと言われたいようだが。 「いやいや、それはないでしょ」  と、社員が口々に言うものの、由多の推理を聞いたせいで皆の心には不安が積もっていく。  数秒考えてから、碧がこのような提案をした。 「いっそ、中見てみたらどうですか? 本当に遺書でしたら大変ですし……」  建て前ではこう言っている碧だが、心の中では手紙の内容が気になる……というのもあった。 「駄目でしょう。手紙の内容を盗み見るなんて、プライバシーの侵害ですよ……!」  その提案を耳にした潤が、眼鏡をくい、と指であげながら反論した。  それも一理ある。  というか、それが正しい対応だ。 「けど、中身気になるし……ねぇ?」  発言したのは部長だった。  この部署で一番素直なのは部長なのかもしれない。  けれども、この会社は社員にプライバシーの侵害を勧めているのか。正直、何とも言えないところである。  こうして、企画開発部の社員全員でシンの手紙を盗み見ることにしたのだった。
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