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部長が手紙を開き、ゆっくりと読み上げた。
その声が、某超人気アニメの主人公そっくりであることに、驚きを隠すことはできない。
手紙の内容を聞いた社員は、それぞれ顔を見あわせている。
「ってこれ、ラブレターじゃないかーい!」
一番最初に元気よくツッコんだのは部長だった。
部長のツッコミから、唐突に社内がざわめき始める。
「シンってバイだったのか……」とか「一身上の都合で退職したのって、想いを告げたあとに相手に会うのが気まずかったからか?」という声もあったが、多くの意見はこうだ。
「「このラブレターの相手って誰なんだ……?」」
皆んなの声が一つに重なった。
今は違うとはいえ、ここにいる社員の誰かが同僚に好かれていたという事実は間違いない。
更にこの部署にはこのラブレターに驚愕した要因となる、もう一つの理由があった。
「……ここの部署って男性社員しかいません……から、ここにいる全員がラブレターの相手である可能性がある。……そういうことですよね?」
そう、この企画開発部には女性社員はおらず、男性のみで構成された部署であった。当然、手紙の内容から薄々察してはいたが、つまり、この送り主もラブレターを送った相手も同じ男性だということ。
昔よりかはLGBTも許容されつつあるが、もし自分が恋愛対象外の同性から告白されたとすれば、戸惑ってしまうのは当然だろう。
現状を理解したのか、ざわめいていた社内が、同じタイミングでしんと静まり返る。
「……あの、確かにこの内容は誰でも戸惑うと思います。でも正直言って、手紙を勝手に開いた俺たちがいけなくないですか」
沈黙を破ったのは、碧だった。戸惑いながらも社員は各々相槌を打っている。
しかしながら、過去に振り返ってみて欲しい。
手紙を開くことを提案したのは一体、誰だろうか。
「ぼ、僕、気付いたんですけど、シンの資料の中に紛れ込んでたってことは……もしかして、相手に手紙を読んでもらって無いんじゃないですか?」
由多が言うことをまとめると、本来なら資料の確認によって、きちんと宛名が書いてある手紙が、本人に届く筈だった。
しかし、潤が偶々コーヒーを資料の上に乗せたせいで宛名が消え、誰に渡せばいいのかわからなくなったことから、社員全員にラブレターを公開される羽目になったということらしい。
「え? 俺が悪いんですか?」
潤が自分の顔を指差しながら唖然としている。
ここまでくると、一種の社内でのパワハラと言っても良いかもしれない。
「いやいや、そうじゃなくて……! 僕達が勝手に手紙を読んだせいで、シンの勇気を出して伝えたかった想いが本来望んでいた形で伝えられなかったんじゃないかなって」
俺のせいで……という反省感は全く持って感じられない企画開発部だが、交流関係は至って良好だ。
共感や同情が得られなかったのは、社員の中に既にカミングアウトしているバイやゲイの人が居なかったのも原因かもしれない。
加えて男性社員しかいない企画開発部は、コイバナをするにしても、気になる女優やタレントを話し合う程度で恋人がいない社員も多かった。
「てことは、ラブレターを送った相手の返事を聞きたくないから他の社員経由でも連絡がつかないという事か?」
部長が眉を顰めながら呟いた。
だが、付き合うか付き合わないかという返事はいらない、と言っていても、せめて手紙を読んだという報告は直接欲しいだろう。
「そうかもしれないです……。じゃあ、俺達で手紙の内容から相手を推理するのは如何でしょうか? 俺達が手紙を読んだ事がバレないよう、本人には伝えずに……」
社員の誰もが潤の意見に賛同した。
けれども、決してシンが可哀想だから……ではない。
皆、心の中では『相手が気になる』という好奇心だった。
社員の内、誰一人この状況をおかしいと思って改善出来ないのは良くないことなのかもしれない。
けれども、この提案から個性的で頭が空っぽの社員が、恋と愛についてより身近に考えるきっかけとなるのだ。
そして、この日から社員たちは、シンのラブレターの相手を推理することに決めたのだった。
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