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「ぼ、僕相手が誰か分かった気がします……」
あれから数時間後の仕事中に、いきなり呟いたのは由多だった。
社員が企画案をまとめて仕事をしている中での発言だ。今はそれどころではない、と普通の会社ならなるところだが、ここはタレカン。
加えて、特に能力値が高い奇才変人の集まる企画開発部だ。
今やっている仕事を放り出して、由多の所へ一斉に集まる。天才たちの考えは「仕事をさっさと終わらせれば仕事中に遊んでもよい」とのこと。
一般人には理解し難い。
「それは一体、誰何ですか?」
潤が眼鏡をくいっとさせて、焦りながら囁いた。その場にいる社員全員がゆっくりと唾を飲み込む。
先程までの余裕のあったアットホームな空気は、一気に緊迫していく。
「あの手紙、恋に気付いたきっかけが、この前飲みに行ったときって言ってましたよね……。という事はその飲み会に参加してたシン以外、えっと、四人の内の誰かなんじゃないですか!?」
緊迫した空気が一気に緩むのを社員は肌で感じた。当たり前だ。何故なら誰もが、シンの想い人は飲みに行っていた四人のうちの誰かだということを既に理解している。
その上で推理をするつもりだったのだ。
一言伝えておくと、由多は頭が悪い訳ではない。
某難関大学の文科一類を現役で合格し、高校生の頃には英検一級と漢検準一級を取得している。
普通に働くのさえ、もったいない程。
「それは知っていますけど……」
思わず、先程まで興味津々だった潤も苦笑している。
こんな単純な事にどうして由多が気付かないのか。それは由多がめちゃめちゃ抜けているからだ。
その抜け具合は重度である。
センター試験当日、誤っていつもどおり学校に来てしまったり、繁忙期の際、会社からの帰路で長時間猫を追いかけ続けて、終電を逃したりする程。
まあ、その行動が一々可愛らしいので、周りから許容されている。
「え? あっ、そうですか……」
社員がそろって頭を抱えて『シンの想い人』について再び考え始める。
けれども、次に意見が出てくるまで、十秒にも満たなかった。
「そう言えば、あの飲み会……。タレカン★残念イケメーンズだけで開いていましたが、後から恋野が途中参加しませんでした?」
碧が発すると同時に、潤と由多が顔を見合わせた。
二人は驚き過ぎて『たしかに』という一言が喉から出てこなかった。
「……その通り、俺は途中から参加しましたけど」
ダウナーな声が辺りに響き、社員が数秒の沈黙後、爆笑する。
失礼なことに、中には爆笑し過ぎて過呼吸気味な人もいた。
「ふっ、おいおい、笑うなって……!」
笑っているのはお前だ、とツッコミたいが、ここの社員たちの中にツッコミ要員はいないみたいだ。
「いやあ……だってな……?」
みんなの馬鹿にしたような視線が恋野結弦に向かう。
……結弦はこの会社では珍しい、いわゆる、"陰キャ"という存在だ。
清潔感のない目にかかる長さの前髪に、筋肉のない痩せた身体、ボソボソとする喋り方。会社でお昼を一緒に食べる程に親しい人なんていない。これらが社員が彼に馬鹿にした態度を取る理由だろう。
「……」
沈黙を続ける結弦から悶々とした空気が漂う。怒っているのだろうか。
こんな態度を社員に取られたら、怒るのも頷ける。
社員の考えてる事があながち間違っていないと考えているのか、結弦は何も言い返さない。
「……ん? みなさん、どうしたんですか? で、みんなの言うことをまとめると、この四人の中の誰かがシンの好きな人っていうことですねっ!」
すかさず、由多のフォローが入った。フォローというより、厳密には社員の考えている事を深く理解できていないという方が正しいのかもしれないが。
「でも、アイツはありえないでしょ……」
ボソッと悪意のあるトーンで誰かが呟く。
あまりにも小さな声だったので、誰が言ってたかまでは分からない。
こうして少し気まずい雰囲気のまま、社員らは仕事に戻るのだった。
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