第一章

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 「なぁ、碧。あの手紙どう思う?」  仕事終わりに、潤が碧にあつあつのコーヒーを丁寧に渡しながら質問した。  お礼を言ってから、コーヒーを受け取る碧だったが、口に含んでからコーヒーがブラックだと言うことに気付き「苦っ」と呟く。 「……どうって、もし自分がラブレターの相手だったらっていうこと?」  潤が声にも出さず、ゆっくりと頷いた。  窓を開けている為、少し肌寒く、何度も凩が耳に当たる。二人はもう直ぐ冬が来るのだろう、と心の中で感じた。  すると、碧は潤の顔色を伺いながら喋り始める。 「別に男を好きなことを否定する訳じゃないんだ。昔にも告られたことあるし。けど、今まで普通の同僚だと思っていた相手に告られたら焦るよな……」  そう言う碧は、今回の出来事を他人事とは思えない、というような何だか辛そうな表情をしている。目には皺を寄せ、瞳は潤んでるようにも感じられた。  潤はその言葉に同意をするように、湯気に包まれたコーヒーを一口飲む。  碧からは潤の顔色を伺えない。  一瞬、泣いているのではないかと勘違いする程に、肩は小刻みに震えていた。 「そうか、そうだよな……」  答えた瞬間、潤の携帯の音が大きく鳴り響く。  「ごめん」と言って潤は電話に出た。  どうやら、相手は母親からだったようで、来月には帰るからと怒りの篭った声で伝えている。  思ったよりも、電話は直ぐに切れてしまった。 「潤ってさあ、何でガラケーなの? ちょっと古臭いとこあるよな。ガラケーもだけど、スーツなのに下駄履いてるところとかさ」  潤の足元を見ながら、碧は言った。  タレカン★残念イケメーンズと言われるだけあり、三人はそれぞれ()()()()()()()がある。  まあ、要するに潤は今の時代にガラケーを使ったり、下駄を履いていたり、とどこか古臭いところ。  由多は生活に悪影響を与える程に抜けているところや、全く持って女性と関わろうとしないところが残念だと言われるポイントである。 「え……こっちの方が和風でいいだろう」  下駄はともかく、ガラケーは和風ではない。  まあ、ガラケーを使っている人は今の時代でも沢山いるかもしれないが『和風だから』という理由で使っている人はいないだろう。  碧は一瞬だけ引いた目をしたが、また直ぐに笑い始めた。 「ぶははっ、潤ってほんとおかしい。でも可愛いとこもあるよな。例えばいつも金平糖を常備しているとことかさ」  多くの人が飴や小さなチョコレート菓子を常備しているであろうところ、潤は金平糖を常備している。  因みにこれは和風、洋風、関係なく、潤が好きで持っているのだ。 「いや、碧の方が可笑しいだろう。お前の机を見てみろよ!?」  一瞬は可愛いと言われて照れたのか、ぱっと顔を赤くしたものの、直ぐ様反論する。  碧がデスクの方を見ると、そこには女性と思われるコスプレイヤーの写真がたくさん貼ってあった。他にもそのコスプレイヤーに関するグッズが大量に並んでいる。 「はあ? ヲタクのどこがおかしいんだよ!? コスプレイヤーのツルネちゃん、えっっっぐ可愛いだろ」  ツルネちゃんとは某色んな事を呟けるアプリで、男性から根強い人気を集めている有名なコスプレイヤーだ。アカウントを作って一年も満たずに、フォロワーは十万人超、加えて、肌の露出は少なく、声出しやイベントも未開催。  どうやら、そのアプリ以外にはアカウントを持っていないようで、この界隈では珍しい、素性が謎に包まれたthe正統派なインフルエンサーでもある。  また、コスプレのクオリティを無しにしても万人受けする容姿はメディアにも取り上げられ、現在進行形で話題になっているらしい。  彼女の存在を由多から教えてもらった碧は順調に沼っていったのだ。  一方で、由多は隠れヲタクな為、碧がヲタクになったきっかけを知っているのは、シンを合わせたタレカン★残念イケメーンズの四人だけである。 「まあまあ、同類って事で」  スーツに下駄を履いているお前に言われたくない……という表情をした碧だったが、 「それなら許す」  と上から目線で同意した。  そして、話のネタが尽きた為、半分冗談で碧が質問する。その場を盛り上げようとしたみたいだ。 「まさか潤、ふんどしとか履いてないよな?」  辺りがしんと静まり返る。 「はは、冗談だって……!」  碧は涙を滲ませて笑うが、潤は何も答えない。 「え、まじ?」 「……悪いかよ」  二人の間に冷たい風が流れる。ほろ苦かったコーヒーが更に苦々しく感じた。
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