第一章

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 帰宅後、タレカン★残念イケメーンズの三人はラブレターに記していた飲み会について考えていた。  自分がシンと何をしたのか。  もしかしたら、彼の心を揺さぶるようなことをしていたのが自分ではないか、と……。  ***  その日の飲み会は、実は由多が提案し計画したものだった。  今まで会社で、挨拶程度しかしたことがなかった彼らだが、折角なので、同じタレカン★残念イケメーンズとして仲良くしたいと考えたのだ。 「残念イケメーンズって酷いよなぁ!」  かなり酔っ払った碧がそう大声で喋ると、一番ノリの良いシンが返事をする。 「ぐはは!! それなっ!!」  他愛もない会話をしながら皆んなは笑いを交える。  一方、由多は飲み会を計画した本人だというのにも関わらず、つまみの枝豆を延々と口にしていた。  『飲み会』と称しているが、由多だけは諸事情でお酒が飲めない。  お酒によって皆んなが心を開いていく中、由多だけは会話に入ることができなかったのだ。 「ぼ、僕お手洗いに行ってきますね……」  小さい声で一言だけ声をかけて、そっとその場を抜ける。出来るだけ誰にも気付かれないように。  由多はトイレにつくと洗面台に手をついて、大きく溜息をついた。  ここは居酒屋というより、結構大きな焼肉屋さんで、トイレも綺麗である。 「飲み会って疲れる……」  詳しく言えば齟齬があるが、簡単に言えば、皆に好かれやすい愛嬌のあるキャラを作り続けて既に五年ほど。何も考えずに青春をしていた頃に戻りたいと由多は嘆いていた。  別にトイレに行きたい訳では無かった為、暫く無心に手を洗い続ける。  すると、男子トイレに誰か入ってきた。 「……あ、シン」  言葉がぽろりと溢れた。  長い間トイレに居るのもまずいだろうと、水を止めて席に戻ろうとする。  その瞬間、シンから逃げようと自身を急かし過ぎて、足元がふらつき、由多の身体のバランスが崩れていく。  ドンッと音を立てて、由多は倒れた──そう思った。 「……っ!」  次に目を開くと、由多はシンの胸の中にいた。  シンの心臓の音が驚くほど、鮮明に聞こえている。温かいシンの身体が、少し心地よく感じられた。 「だ、大丈夫か……?」  シンが由多を見ながら様子を伺う。  酔っ払っているからなのか、それとも距離が近いことにときめいたのか、顔はまるで熟した林檎のように赤い。  乱れた襟の間を流れる一滴の汗が、由多の目に鮮明に焼き付いている。 「うん……」  二人に気まずい空気が流れた。  このまま二人きりでいる訳にもいかず、由多は「ありがと」と愛想のないお礼を言いながら、逃げるように去っていく。  また、一瞬は男同士なのにも関わらず、紅潮したシンに動揺したものの、そんな少女漫画のようなシーンにキュンとしてしまったのは、シンではない、自分だ。と、由多は気付いてしまう。  高まった体温は、夜風を浴びるまで、少し足りとも冷めることはなかった。  その後、シンがトイレから帰ってくると、何故か彼は水でびしょびしょになっていた。深く考えれば先程のことで、動揺して水を被ってしまったのかもしれない、と思える程だったのだ。  ***  ──もしかしたら、シンの好きな相手って本当に僕かもしれないな……。  アパートのベランダで独り、好きでもない煙草を吸いながら、由多は心の中で呟いた。  目元は緩み、口元はふわりとニヤけている。  すると、胸ポケットからスマホを取り出し、誰かと連絡を取り始めた。 『今すぐ、家に来い』  普段の由多からは想像もつかない程に冷たい表情と言葉遣い。  一枚の枯れ葉が、由多の髪にふわりと乗った。  煙草、夕方、枯れ葉という、日本語特有の美しい単語が何とも風情を感じてしまう。  頭を左右に振って枯れ葉を落とすと共に、スマホの通知音がなる。 『いいよ、分かった』    肯定の返事が映るスマホの画面を見た由多は、ほんのりと優しく微笑むのだった。
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