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私は中学生当時、なぜか無性に本が好きで、図書委員も率先してやっていた。図書委員は学級委員や文化委員に比べたらあまり人気のない委員会だったから、立候補した私がすんなりと決まった。
そしていつも昼休みには、図書委員の当番の有無に関係なく図書室にいた。
ある日、読みたい本が貸し出しでもないのに本棚にも返却ボックスにもないことに気づいた私は、図書室の中で読んでいる生徒を探した。別に急かすつもりとかはない、ただ「だれがどれぐらい読んでいるか」を確認したかっただけだった。
そのとき、その本を読んでいたのが鈴鹿だった。
大きな辞書のように厚いファンタジー小説の三巻で、まさか本当に読んでいる人がいると思っていなかった私は、読んでいるのが同学年であることを校章のカラーで見分けると、鎌をかけてみることにした。
「その主人公、前巻じゃ師匠に勘当されてたけど、どうなってる?」と。
鈴鹿はおどろいたように本を手から滑らせた。
「あ、あの……ごめんなさい」
「は? 別に謝らなくても」
「ごめんなさい、読んでなかったんです、ごめんなさい」
そう言うと鈴鹿はスッとその本を私に差し出した。私は受け取って、鈴鹿のとなりに座った。
おどろいた彼女は目を左右に泳がせながら「あの、なんですか……」とか細い声で尋ねてきた。
「この一巻、おもしろいから読んでみない?」
「……え?」
「つまらないって思ったら、読むのやめてもいい。でも、読んだことなかったら、一巻だけでも読んでみない?」
そのころ本好きが加速していた私は、クラスメートや部活の仲間など、だれかれ構わず本の布教に励んでいた。それで読んでくれる人、というのはほとんどいなかったけれど、鈴鹿はちがった。
「えっと、はい……読みます」
きっとそのときの鈴鹿は、イジメられていたから「拒否する」という選択肢がまったくなかったんだろう。でもその事情を知らない私は「読む」と答えた鈴鹿を笑顔で迎え入れた。
「一巻、持ってくる。あ、登場人物が多いから、人物相関図もつけてあげる」
今おもえば、ありがた迷惑だったかもしれない。けれど最後まで鈴鹿は私に「イヤ」とは言わなかった。それどころか、私より先にその本のシリーズを読み終えてしまった。
「この主人公、かっこいいですね」
「でしょう? 鈴鹿なら分かってくれると思ったよ」
一年生の年度末、最後の昼休みまで、私は鈴鹿といろんな本のことを語り合った。彼女は私が勧めた本ほぼすべてを読んでくれた。
「二年生になったら、図書館にも行こう! 学校の図書室の本じゃあ足りないや!」
私は鈴鹿が転校することを知らずにそんなことを言った気がする。なのに鈴鹿は、やっとみせるようになったはにかむ笑顔で「はい」と答えていた。
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