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ベランダのマル
学童クラブから帰宅して、もわっと蒸し暑いリビングのエアコンをつけてから、一直線にベランダへ向かう。掃き出し窓を開けると、蝉の声がひときわ大きくなって、夏らしい緑の風がスカートを揺らした。
「マル、帰ってきたよ。ただいま」
家の中にも、ベランダにも誰もいない。
だけどわたしは、もう一度呼びかけてみる。
「聞こえる? マル、返事して」
焼けるような西日は、今の時間帯、ベランダ側からは差し込まない。このアパートは東向きだから、夕方になれば涼しくなるのだとお母さんが言っていた。
「ツグミちゃん? おかえり! 待ってたよ」
弾んだ声が聞こえて、わたしはにっと笑う。
マルは声だけの存在。
男の子なのか、女の子なのかは分からない。
その声は中性的で、口調は少し幼い。
「いつもより遅かった? 帰ってくるの」
「そんなに遅くないよ。いつもとおんなじ……ほら。5時ちょっと過ぎ」
キッズケータイで時刻を確認する。
「ぼくは時計、読めないもん。ツグミちゃんだって知ってるでしょ? 日がかたむいてきたから、もうすぐかなあって待ってたの。待ちくたびれちゃった」
待ちくたびれちゃった、の言葉が少し重くてわずらわしい。でもずっと待っててくれたんだと思うとやっぱり嬉しい。
「マルって」
話しかけながら、勉強机の上にある朝顔の観察記録を引き寄せた。
「暇人だよね。趣味とか何かないわけ」
ベランダの朝顔の花がみっつ、風にあおられて頷いているように見える。
マルと話しながら夏休みの宿題をやっつけるのが、わたしの習慣になっている。
「うん。だってぼくにはツグミちゃんしかいないから。ねえ、なんでもいいからおしゃべりしてよ。ツグミちゃんのママが帰ってくるまで。今日はどんなことがあった?」
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