ベランダのマル

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ふん、ふ、ふーん。 誰のものとも分からない鼻歌を、最初は無視した。 でもそれが昔、わたしがよく歌っていた歌だと気付くと、懐かしくて思わず一緒になって口ずさんでいた。 「あの……ぼくの声きこえる?」 急に話しかけられて、わたしはびっくりして歌うのをやめた。 室内へ逃げ込もうとしたけど、聞こえた声があどけない子どものものだったので、わたしはぶっきらぼうに「聞こえるけど何」と返事をした。 「あなたどこから話してるの」 ベランダの外を見渡す。 「ここ、ここだよ」 わたしがいるのはアパートの2階。 201号室に住んでいる。 ベランダの格子に手をかけて、精いっぱい背伸びしてアパートの下を見てみる。 アパートの真下にはちょっとした庭があり、周りを生垣が囲む。その先は駐車場。 駐車場の脇の歩道を学生服のお兄さんたちが通り過ぎるのが見えたけど、彼らがこの声の主とは思えない。 「ほんとに、どこから話してるのよ。あなた誰」 「……まる」 「マル? ヘンな名前」 言ってから慌てて口を引き結び、取りつくろうようにわたしの名前を教えてあげた。 マルはわたしのことをツグミちゃんと呼んだ。 マルが何者なのか、わたしは知らなかった。 声だけがマルの存在の証。 マル自身もあまり自分のことを分かっていないようだった。   わたしは、マルはお隣に住んでいる子なんじゃないかと考えた。わたしが201号室だから、マルはきっと202号室なんだろうと。 ベランダの格子から身を乗り出して隣を確認しようにも、身長が足りなくて、姿を見ることはできなかったけど。
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