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 主人の顧問弁護士と名乗る男が訪ねて来た。  あらゆる手続きや遺産相続について話しに来たのだ。  沙耶子は、遺産の殆どは自分の元に入るだろうと思っていた。前妻の間にも子供は居なかったし、その前妻も鬼籍に入っているからだ。当然、配偶者である沙耶子が受け継ぐものだと、漠然と思っていた。 「遺言状に則り、家と土地を妻・沙耶子氏に。残りの遺産は世話になったA氏に譲る事とします」  耳を疑った。  主人の膨大にあると予測される遺産の内、家と土地しか自分の元に入らず、残りは何処の誰かも名前も分からぬ者に渡されるというのだ。到底納得いくものではない。 「そのA氏というのは誰なのです」 「A氏については秘匿とするようにと、遺言状に書かれておりますので、私の口から申し上げる事は出来ません」 「では、主人とどういった関係の方なのですか。主人と付き合いの長い先生ならご存知ではありませんの」 「それについて申し上げる事は出来ません」  沙耶子は黙った。  もっと文句を言って、問い質したい気持ちはあるが、言葉として表現する事が出来なかった。  抗議の表現として、膝のスカートの裾を強く握るばかりだった。  弁護士は依頼主に忠実であったが、若くして未亡人となった沙耶子に同情的でもあった。 「私の口からは申し上げる事は出来ない、というだけであって、奥様が自主的にお調べになる事は咎めません」  弁護士の助け舟だった。  自分で調べようと思えば、調べて辿り着ける人物であるという事を意味した。
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