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三
主人の初盆を迎えた。
沙耶子と家政婦のタエはタクシーを拾って、霊園に墓参りに訪れた。
沙耶子が主人の死後、墓参りするのは初めてだった。頼り切っていた配偶者の死は、本人が思っていたよりも重くのし掛かり、沙耶子は暫く床に臥せっていたのだ。四十九日の法要も簡素に済ませ、墓参りはタエに任せていた。
タエもそれ以来訪れていないから、お墓の掃除が大変だわ、と思った。
しかし、いざ墓の前に来てみると、様子が違った。
雑草は綺麗に毟り取られ、埃すら付いていないかという程磨かれた墓石。供えられた仏花と線香。
誰かが墓参りを終えた後であった。
その墓の様子から、今日一日だけの作業ではなく、定期的に掃除が行われているのが分かった。
「業者に頼んだの?」
「いいえ、そんな心の余裕はございませんでしたよ。塾生の誰かが交代しながら手入れしてくださったんじゃないですか」
あり得る話だと沙耶子は思った。
通夜と葬式を仕切ったのも塾生だった青年達であるから、墓の手入れも自主的に行っていたと考えても何ら不自然はなかった。
ただ一つ、供えられた仏花の中に小さな向日葵を見つけるまでは。
主人は、向日葵が好きだった。
庭に植えて育てる事はしなかったが、花の中で一番好きなのだと、沙耶子に何度か話していた。
「向日葵は太陽に向かって咲くだろう。その前向きさと強い意志が好きなんだ。自分だって太陽みたいな色と形している癖に、面白いね」
恥ずかしいから話してはいけないよ、と必ず主人は口止めした。二人の秘密だね、と優しく笑っていた。
秘密のはずの向日葵が、今、確かに目の前に仏花として供えられているのだ。
沙耶子は確信した。墓を掃除し、花と線香を供えたのは遺言状に書かれたA氏だと。そして、その人は主人の愛人なのだと。
夏の暑さの所為だけではない汗が、沙耶子の体を湿らせた。服が張り付いて気持ちが悪い。
少し頭を垂れた向日葵を、短い線香の煙が燻していた。
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