1/1
前へ
/13ページ
次へ

 主人の死後、沙耶子はタエと一緒に食事を取るようにしている。広い食卓で一人の食事は寂しからだ。  沙耶子は尋ねた。 「あの人の私塾に長く出入りしていた女の人って居たかしら」 「さぁ、あまりよく覚えていませんね。男の方が多かったでしょ。皆んなが煙草を吸われるから、煙たくって嫌だったわ」  講義の時間の後、一室を塾生達に開放して自由に使わせていた。  多くの塾生達が無遠慮に煙草を吸いながら、経済や政治など様々な話題に花を咲かせていた。  そんな中に混じって居座れる女が居れば、嫌でも記憶に残ってるはずだ。 (私の思い違いかしら)  思考が濃い靄に包まれたまま、食事を済ませた。  寝室に戻り、ベッドに寝転ぶ。  手には日記帳。  もう一度読み返してみても、「●●」は塾生であるとしか思えなかった。  きっと思い出せないだけで、主人を慕っていた女子生徒がいるはずだ。沙耶子は日記を捲りながら、記憶を必死に手繰った。  ふと、ある人物の顔が浮かび上がった。  一時期、訪れる女子生徒の人数が増えた事があった。  その、ある人物が塾生として加入し、出入りするようになってからだ。  どうみても男なのだが、端正な顔立ちでどことなく中性的な雰囲気を醸し出す佇まいは、とても目を引いた。  彼目的で訪れる女子生徒の数が増えたのだった。  年齢は沙耶子と対して変わらないのではなかったか。 「名前は何と言ったかしら……」  少しでも情報が欲しい。  その彼に話を聞いてみようと考えた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加