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 沙耶子は悩んでいた。  今のままでは、家政婦達の給与が払えないのである。  漠然と自分が相続するだろうと思っていた莫大な遺産が、手に入らない事が判明した時は、衝撃とA氏に対しての怒りの感情しか湧かなかった。  しかし、日を追う毎に焦りと悲しみの感情が満ちてきたのだ。  雇っている家政婦は、タエを含めて四人。  主人が亡くなり収入も遺産も入らぬ沙耶子に、彼女達を雇い続ける財力は無かった。  貯金が無い訳ではない。  両親が愛娘の為に貯めていた貯蓄を、贈られていた。  花嫁道具や衣装等は主人の懐から出たので、その貯金は手付かずで残っている。  とはいえ、いつまでも他人を養い続けられる金額ではなかった。  タエを残して、契約を解除しようかと考えていた。  いや、諸々の生活費の事を考えると、タエ一人さえいつまで雇えるか分からない。タエは身の回りの世話を焼いてくれている。他の家政婦達とは思い入れが違う。  給料の減額は、出来る事ならしたくない。  相続した家と土地。主人が集めていたアンティークの調度品や美術品を売りに出せば、当面の生活費とタエの給料は確保出来るだろう。  しかし、それには問題があった。  沙耶子の実家には、両親と姉夫婦とその子供が住んでいる。  沙耶子と姉は仲が悪い。昔は良かったのだが、沙耶子の縁談が決まった時、姉は酷く反対した。表向きは年の離れた相手との結婚を慮っていたのだが、実際は自分の妹が、自分の夫よりも金も地位もある男と結婚する事を妬んだのだった。  同じ女として、一緒に暮らしてきた姉妹として、沙耶子はその理由に気付いていた。  姉の夫は小さな会社を経営していた。業績が悪い訳でもない。家庭を顧みない訳でもない。妻の両親と同居し、一家を養ってる。  沙耶子から見れば、十二分に幸せなで恵まれた生活を送っているし、親孝行者だと思う。  そんな姉から一方的に嫌われ妬まれて、好きでい続けられるだろうか。主人の通夜の時、姉の「短い生活だったわね」という声が耳に残っている。  実家で使っていた沙耶子の部屋は、姉夫婦の子供部屋になっている。  沙耶子の戻る場所は無いのだ。  自分にも出来る仕事を見つけて生活が安定するまでは、家と土地は手放せない。  調度品と美術品を売るのにも限界がある。  やはり、幾らかの纏まった金が必要だと思った。 (早く愛人を見つけて話をつけないと――)
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