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八
数日後、沙耶子は件の彼――清水の家を訪ねようと支度をしていた。
その様子を見たタエが、心配だから付いて行くと譲らず、二人で向かう事になった。
地下鉄に乗り、三つ目の駅で降りる。
近くに大学や企業がいくつかあるからだろうか、人の通りも多く、飲食店や商店が並び、活気に満ちている。
「綺麗になりましたねぇ」
焼けたのが嘘みたいですね、とタエが付け加えた。
この周辺は、先の大戦時の空襲で大部分が焼かれてしまっていた。しかし、今ではそんな雰囲気は一ミリも感じさせない程、綺麗で整った街並みが続いている。
清水の住まいは、そんな街並みを抜けた一角にあるアパートであった。
木造二階建てで、六世帯分の部屋がある。
若葉荘と書かれたプレートが、少し日に焼けていた。
「私一人で行ってくるわ。タエさんはここで待っててちょうだい」
「いえ、一緒に行きます」
「大丈夫。いきなり二人で訪ねたらびっくりさせちゃうかもしれないから」
沙耶子は言い聞かせて、一人で清水の部屋へ向かった。
清水の部屋は二階にあるので、外階段を登って行く。アパートという建物に足を踏み入れる事自体、沙耶子は初めてだった。
ヒールが鉄製の階段を一段上がる事に、カン、カンと音を響かせた。
緊張して、鼓動が早くなっているのが分かる。
二〇一号室。
呼び鈴が無かったので、沙耶子はドアをノックした。
「ごめんください」
呼びかけるが、応答は無い。
平日の昼前である。仕事をしていれば、この時間は留守かもしれない。
もう一度、ノックをして呼びかける。
「だぁれ?」
ドア越しに間延びした声が返って来た。
その声は、女の声だったので、一瞬戸惑った。
沙耶子は自分の名前を告げる。
すると、バタバタと物音がして、ドアがゆっくりと開けられた。
端正な顔立ちの若い男。
沙耶子の記憶の中にある塾生の男と同じ顔。間違いなく、清水という男だ。
「すみませんね、今妹が田舎から来てまして。勝手に出るなと言ったんですが……」
「いえ、こちらこそ突然訪ねてしまって申し訳ないわ」
「先生の葬式以来ですね。お元気でしたか?」
沙耶子は短くお礼を言って、今日訪ねた理由を簡単に話した。
勿論、探しているのは愛人という事や金銭に関わる内容は伏せて。
清水は暫く考える様な仕草をした。
腕を組み、口元に手を当て、伏し目がちなその様は、まるで西洋の絵画や彫刻を思わせた。
少し長めの睫毛が震えて目が上を向く。
「もしかしたら女じゃないかもしれませんよ」
「えっ」
清水の言葉が、上手く理解出来なかった。
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