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 沙耶子が目を丸くして固まっていると、清水が慌てて言った。 「怪しい関係って意味じゃぁありませんよ」  清水には愛人を探しているとは告げていない。  主人の素行を怪しまれてはいけないと、沙耶子は取り繕った。  親しい男子学生の中に、懇意にしていた人が居るという事かと改めて聞いた。  清水は頷いた。 「先生、お子さんはいらっしゃらなかったでしょう。俺たち塾生とは親子程歳が離れていたから、息子の様に思ってくれてたんじゃないかと思うんです」 「えぇ、主人も言っておりましたわ」 「本当ですか」  生前、自分に塾生たちと同じ年頃の子供がいてもおかしくない年になった。慕ってくれる彼らを見てると息子とはこんなもんかなと思って、つい世話を焼いてやりたくなってしまうんだ、と話していた。  実際に、一緒に食卓を囲って食事をした事もあるし、就職の決まった学生にネクタイや万年筆等を買って渡していた。  慕ってくれた学生全員に同じ事をしていると思っていた沙耶子は、中には特別な学生がいた事を意外に思った。 「田山という奴です」  その田山という男子学生が主人を人一倍慕い、主人も彼に人一倍目をかけていたというのだ。  もし、本当の親子の様に思い接していたのなら、遺産を贈与する可能性も考えられる。  沙耶子は田山についてもっと話を聞きたかったが、清水の後ろから、ねぇいつまで話してるの、と間伸びした女の声が遮った。 「すみませんね、妹の奴痺れを切らせてしまたみたいで……」 「いえ、お邪魔してしまってごめんなさいね」 「あ、奥さん」  沙耶子と清水の視線が絡んだ。  日に照らされて瞳孔が縮んだ焦茶色の目は、不思議な美しさがあった。  吸い込まれる様に、見詰めてしまった。 「次の月命日にお墓へ参ってみてください。きっと田山に会えますよ」  それでは、と軽く微笑んで、清水はドアの向こうに消えた。  柔和な表情。まるで励まされている様な気持ちになった。  正午のサイレンが鳴った。  それと共鳴する様に、沙耶子のヒールが階段を鳴らした。
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