10.

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その姿に見惚れていると、アレックスがこちらを向き俺に気がついて手をヒラヒラと振ってきた。 「久しぶり。もう連絡くれないかと思ってたよ」 アレックスのすこし低い声。正直少し忘れかけていた声を聞いて、あの日の夜を思い出して顔が熱くなる。店内が薄暗くて助かった。 「すみません……どう返事するべきか考えすぎてまして」 「真面目だもんね。崇彦は。ねえもう客とクルーじゃないんだから、敬語はやめない?」 にっこりと微笑むアレックスの言葉に俺は頷いた。 オーダーしたジントニックと、ウィスキーで再会の乾杯。なんでも葉巻はその産地で色々味わいが異なるらしく、葉巻の種類に合わせてウィスキーやラムなどの酒をチョイスするらしい。しかもタバコと同じように火をつけて吸えばいいのだろう、なんて思っていたのだが、違っていた。 アレックスの出してきた専用の箱に収めてある新しい葉巻を見せてもらう。するとアレックスはナイフのようなものを取り出した。なんでも火をつける前に、葉巻の先を専用のカッターで切る必要があるらしい。 「崇彦、トライしてみる?」 もともとタバコを吸うので煙には抵抗はないし、彼と同じものを嗜んでみたいと思い頷く。アレックスは箱から一本、葉巻を取り出して先端をギリギリと切ると、繊維質が出てきてそこに火をつける。火のついた葉巻を口に咥えようとするとアレックスがこう言った。 「タバコみたいに肺まで煙を吸うのではなく、口の中でふかすんだ」 「へぇ? 同じように吸うのかと思ってたけど」 「葉巻の煙はヘビーだからね」 口に入れると独特の香り。確かに煙の量が多く感じた。ぷかぷかとふかしながら吸いながら煙があたりに漂う。 「うん、上手」 子供扱いされているようでなんだか、恥ずかしい。葉巻を少し堪能して、灰皿に置こうとしてふと、灰皿もタバコと違うことに気づいた。縁が葉巻の大きさに合わせたかのように窪んでいて、そこにすっぽりと葉巻をはめることができる。葉巻が宙に浮いている感じだ。 「灰を落とさないようにするためだよ。タバコはポンポンと灰を落としちゃうけど、葉巻は二センチくらいまで灰を保ちつつ吸うんだ」 「へぇ」 「葉巻の楽しみ方は人それぞれでね。別に二センチにこだわらなくてもいいし、好きなようにすれば良い。でもエレガントな嗜み方をしてる人に出会うとため息が出るものだよ」 アレックスはグラスを見ながら少し、寂しそうな横顔だ。誰かを思っているような……もしかしたら恋人がそんな人だったのかもしれない。 「アレックスもそんな人に出会ったんだね」 そう言うと、彼は少し驚いた顔をしていたが俺の頭をポンと撫でて笑った。 「昔の話さ」 いつの間にかジントニックを飲み終えていた俺はもらった葉巻に合うカクテルをバーテンダーに頼んだ。『ネグローニ』というカクテルで、カンパリのビターとジンのキリリとした味わいだがほんのり甘いのはスイートヴェルモットがはいっているからで、葉巻との相性がよいのだとバーテンダーが教えてくれた。 葉巻についての話や、好きな酒の話など、アレックスと語りつつ、一本の葉巻を四十分くらいかけながようやく味わい終えた。 「葉巻は吸い方も訓練がいるし、扱い方によって味も変わる。ゆっくり時間をかけて嗜むんだ。それって恋と同じだと思わないかい?」 彼がそう言いながら見つめてくるものだから、俺は生唾を飲み込む。そしてアレックスはそっと俺の腰に手をやり、体を自分の方に引き寄せた。吐息がかかるほど顔が近い。そして、熱い。 「一緒に行ってくれるよね?」 どこに、とは聞かなかった。答えの代わりに俺が頷くと、アレックスは手の甲にキスをした。
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