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話し込んでいるうちに、アレックスは自分だけの話ではつまらないからと俺の話を聞きたいと言い始めた。平凡なクルーにそんな無茶振りをされても困るんだけどなあ…… 俺はテーブルの上にあった時計に目をやり二十三時過ぎとなっていてもう遅いから、となんとか逃げようとしたのだけれど。 「名案が浮かんだよ。君がこの部屋に泊まればいい。ほら、ここはツインだし着替えもある。朝、そっとスタッフルームに帰ればバレないさ」 「それはさすがに、やば……いえ、規則に反しますので致しかねます」 俺は慌てて断ったがアレックスは口を尖らせている。こんな砕けた姿、初めてみたな。整った顔でふくれっつらされても、可愛らしいだけなので、やめてほしい。 するとアレックスは立ち上がり、ミニバーにある冷蔵庫を開け、ワインボトルを取り出して俺に見せた。 「美味しいスパークリングワインがあるんだけどな。烏川さんは嗜まないの?」 ……仕方ない、朝早くに戻れば、大丈夫か。結局俺はアレックスの部屋に泊まることにした。 シャワーを借りて着替えた俺はテーブルに用意されたシャンパングラスを持ち、アレックスと乾杯した。アレックスが聞きたがっていた俺の話は特に面白味もないはずなのだが、興味津々と言った感じに身を乗り出して聞いてきた。 「へえ、じゃあ烏川さんは高校出てすぐ、ホテルマンになったんだね。【パレスミラージュホテル】は私もたまにお世話になっているよ。あそこのホスピタリティーは一流だ」 「ええ、そこで三年間お世話になって、この船のクルーになったんです」 「じゃあ恋人はどうしたの? 大変だろうに」 触れてほしくないところを単刀直入に聞かれて、俺は言葉が詰まる。まだ半分以上グラスに残っていたスパークリングワインをぐい、と飲み干して、勢いづいてカミングアウトすることにした。 「俺は、同性愛者なんです。ホテルに勤務していたときはそれでも恋人はいたんですけど、今は出会いがないし、仕事の方が楽しいです」 少し早口で、そこには触れてくれるな、と言う空気を醸し出したつもりで、次の話題に進もうとした。が、アレックスがグラスを持っていた俺の手首を突然、掴んできた。 「それ、本当?」 ぎゅっと掴まれて思わずいて、と呟いたが彼には聞こえていないようだ。興味津々に聞いてくるなよ、と思いながら答えた。 「……同性愛者、ゲイってのは本当です」 アレックスがじっと目を合わせてくるものだから、居た堪れなくなって目を逸らす。不自然に手首を掴まれたまま下に俯く。数分、沈黙の間があってやがてアレックスの手が離れて、俺はホッとする。ゆっくりと顔をあげるとアレックスは自分のスパークリングワインを飲み干しているところだった。 「烏川さん、僕もなんだよ」 「……は?」 事態が飲み込めず、アレックスの青い瞳を見ていると彼は俺に近寄ってくる。その瞳が誘ってきていることにようやく気がついた。『私』から『僕』に変わってなんだか一気に距離が近くなった気がした。さらに顔が近づいてきて、キスされると思ったら、アレックスは俺の前髪に触れてきた。 「美しい黒髪だなあって、気になっていたんだ」 あ、これは口説きスイッチが入ったな。アレックスの長い指が髪から耳たぶに移動し、少しくすぐったい。酒が入っているせいもあって、いつもの俺なら職場で誘われたって自制が効くはずなのに、顔を背けることすら、出来ない。ゆっくりとアレックスは両手で俺を抱きしめる。 「それに優しいし。仕事に対する姿勢も一流だ」 「……一流なら、お客様のお部屋に泊まったりしませんし、あなたのこの腕を振り払うはずです」
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