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「妹はどこだァァァ」 「妹を返せェェェ……!」 大学の中央広場では、一人の女性が大柄の中年男性の首を掴み、頸動脈を締め上げるように持ち上げていた。 「ググッ……辞めなさい、柴崎さん!」 理子の友人、柴崎 湊(しばさき みなと)は狂犬の様にヨダレを垂らし、息は荒く、既に焦点が合わない瞳は、黒目部分が無くなっていた。 「ああ、大変だ!影山先生!」 現場に駆けつけた晴人は、正気では無い湊の様子を見て驚いた。 「あれは……魔女病……?」 「湊さんはサクラメントを使ったのか?」 「違うわ先生!湊はサクラメントなんか使って無い」 それが理解できず、一瞬理子の方を見た晴人だったが、湊の太くけたたましい叫び声に驚き、二人は身をすくめた。 魔女病に犯された湊の力は凄まじく、百キロを優に超える影山を、片手で軽々と持ち上げていたのだ。 それを見ていた大勢の大学生達は悲鳴を上げながら散り散りに逃げて行った。 「ねぇ湊!お願いだから、もうやめて!」 理子がそう叫ぶと、湊は首を傾げてこちらを睨みつけ、掴んでいた影山を晴人達の方へ投げつけた。 「うわぁぁぁ!」 「ああ……くそ!影山先生、こっちへ!」 晴人はとっさに着ていた白衣を広げ、影山のクッションになる様に構えた。 白衣に背中から上手くぶつかった影山は、突っぱねられた白衣に弾かれ、アスファルトの地面に落ちる。 「影山先生!大丈夫ですか?」 「うぐぐ……鷲尾先生……彼女は危険です、すぐに山羊を呼んでください」 「ダメです!彼らを呼べば彼女が殺されてしまう」 山羊(ヤギ)とは、政府公認の対魔女特殊部隊であり、魔女を抹殺する為だけに組まれたチームだ。 彼等が通った後には対魔武器“ヴァルプルギス”によって全てを焼き尽くされ、草木一本も残らない事で有名だった。 「妹を出せェェェ!」 正気を無くし、こちらを向いて今にも襲いかかろうとする湊だったが、晴人は両手を広げ、理子と影山の前に立った。 「ダメだ!切子(きりこ)ちゃんは渡さない!」 「先生!湊は何を言っているの!?」 「あの子は何らかの理由で、魔女オルギアに操られている」 「しかもあの様子だと、異常な量のサクラメントを無理やり体内に注入されたんだ」 「え!?そんな……じゃあ、もう助からないの?」 理子は両手で顔を覆い、泣き崩れた。 「西山さん。大丈夫、俺にはまだ一つのロマンが残っている」 晴人はそう言って、白衣のポケットに手を入れ、先程切子から採取した白い血液の入った注射器を取り出した。 「切子ちゃん……少し力を借りるね!」 「まだ実験段階だけど……上手く作用してくれよ」 湊は晴人に狙いを定め、身を低くし四つん這いになり、狼の如く足で地面を蹴ると物凄いスピードで晴人に襲いかかった。 しかし晴人は上手く白衣の裾を翻し、湊の一撃を逃れた。 「うおっと、危ねぇ!」 「おい湊!先生に暴力を振るうやつは単位をやらないぞ!」 晴人は暴れる湊の頭を両手で掴み、首元に注射器を刺した。切子の白い血液がみるみると湊の大動脈へ注入されていく。 全て注入される頃には湊の動きは止まり、彼女は目を閉じ、スゥっと眠りについた。 「良かった!やっぱり切子ちゃんのアルビオンブラッドは効果があった」 「えぇ……本当に良かった……湊……」 「先生、ありがとう」 寝息を立てて眠る湊を見て、安堵の表情を浮かべていた晴人だったが、すぐにある事に気付いた。理子の隣で崩れ落ちる様に膝を着き、頭を抱える晴人。 「ああ……しまった!」 「先生、どうしたの?」 「これは囮(おとり)だったんだ」 ※ ※ ※ ※ ※ 病院のベッドに横たわり、窓から吹く風に心地よくなり、暫く天井を見ていた切子だったが、何かの気配に気付き目線を天井から病室の入口付近に移した。 そこには五歳くらいの女の子が、パーカーのフードを鼻辺りまで被り、こちらを見て立っていた。 「来たのね……お姉ちゃん」 「いや……魔女オルギア」 「うん、探したよ切子……」 「広場で騒動があったみたいだけど」 「お姉ちゃんの仕業でしょう?」 パーカーを着た女の子は下を向き、室内をゆっくり歩きながら、切子に近寄った。 「騒ぎを起こしたのはあなたを連れ戻す為よ……彼女には私の血液を注入して、ウィッチにしたの」 「酷い……お姉ちゃん、もう辞めよ?」 「また女の子達が苦しんで、死んで行ってしまう」 それを聞いたパーカーの女の子は、切子の手を引いて笑顔でこう言った。 「またサバトが始まるよ」 「今度は邪魔はさせないわ」 「あなたが居なけりゃ薬は作れないでしょ?」 切子がそれを聞き、悲しそうに顔を引き攣らせると、「パン」と乾いた音が鳴り、数枚の黒い羽を撒き散らしながら二人は病室から一瞬で消えてしまった。 入口付近でカルテを抱え、“それ”を見ていた看護婦は言葉を失い、ヘナヘナと腰を抜かしてしまった。 「大変だわ……切子ちゃんが連れていかれた……」 「切子ちゃん!」 晴人が病室に戻ると、そこにはもう切子の姿は無かった。 ベッドには黒い羽が散乱しており、それは晴人達への宣戦布告、オルギアの襲来を知らせるサインとなっていた。 「くそ!!クソ!クソ!」 壁をドンっと叩き、握られた拳を震わせる晴人に、一緒にいた理子は言葉を失った。 「鷲尾先生……」 近くにいた看護婦が晴人に声を掛ける。 「小さな女の子が切子ちゃんを連れて消えてしまったんです……」 「またサバトがあるって……」 晴人は今にも泣きそうな表情で看護婦の話を聞いていた。 「切子ちゃんがいなけりゃ……オルギアには勝てない」 「あの子の血液が必要なんだ……」 晴人はそう言って、うなだれた様子で切子のベッドに腰掛けた。 「あの、先生?……そう言えば、先程騒ぎがあった時に、切子ちゃんが追加で採血して欲しいって」 「え?」 晴人はスっと頭を上げ、看護婦の方を見た。 「切子ちゃんが?そう言った?」 「はい……」 「それは今どこに?」 「切子ちゃんが先生に渡すって……」 ふと窓側の花瓶に目をやると、花瓶の下に紙切れが一枚挟まっていた。晴人はそれを広げ、走り書きで書いてある文字を急いで目で追った。 『鷲尾先生、いつも優しくしてくれてありがとう。とても楽しかったわ』 『お姉ちゃんが近くにいるのを感じたの、だから先生に私のロマンを託すわ……』 『ベッドの下より、愛を込めて。−−切子』 晴人が急いでベッドの下を覗き込むと、うっすらと白く光る、三本の採血瓶が転がっていた。 「ああ……切子ちゃん……ありがとう」 「どうしたの?先生?」 理子が晴人の肩を掴み、同じく不思議そうにベッドの下を覗いた。 「これは俺と切子ちゃんのロマンだよ」 切子から採血をしたアルビオンブラッドの入った瓶を手のひらに乗せ、晴人は理子に見せた。 「必ずお姉ちゃんを止めてみせるよ、切子ちゃん!」 ラスト・ウィッチ(2)終
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