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壮絶な戦いの後、晴人は絶命した。 生き残った魔女は晴人に近付き、息をしていない事を確認すると、辺りを見渡して何処かに消えて行く。 血だらけになった晴人の左手にはスマホが握られており、彼は最期の力を振り絞り、誰かに電話をかけていた。 発信先は兄の鷲尾 龍二だった。 ※ ※ ※ ※ ※ 「鷲尾分隊長!ご司令を!」 「分隊長!東ゲートからも魔女が攻めて来ます」 「分隊長!」 部下達から詰め寄られた山羊の分隊長、鷲尾 龍二は、次々に攻めてくる魔女達を見つめ、無言でゆっくりと右手を上げた。 「撤退する……各自、山羊本部に戻れ」 壁にもたれ、地べたに座り込んでいたヴァルプルギスは、撤退の合図を聞きパッと頭を上げ、龍二に問いかける。 「それ本気で言ってる?」 「山羊本部が落とされたら日本は終わりだよ?」 「しかし隊員達の家族を焼き払うワケにはいかないんだよ……」 龍二はヴァルプルギスにそう言い放ち、唇を噛み締めながら過去のサバトで死んでしまった妹の事を思い出していた。 前回のサバトは今から5年前、魔女オルギア率いる魔女達の中に、龍二の妹の梨花(りんか)は居た。勿論、彼女は鷲尾 晴人の妹でもある。 サバトで混乱していた東京(現トウキョウ)。 龍二はオルギアを追う最中に、渋谷の交差点にて魔女化した妹に襲われた。それを当時の上司が撃った。 龍二は上司を責めることはしなかった。薬物に手を出した妹が悪い、そう思っていた。 だが、現実は違った。司法解剖の結果、妹はサクラメントを使用していなかったのだ。 魔女オルギアはサバトを行う為に、自分の血液を都内の水道水に少しづつ混ぜていた。それを飲んだ女性達は徐々に魔女化していった。 当初、その事件に日本政府は対応できず、事実を公表せずに隠蔽した。 罪の無い女性を捕まえ、虐待、拷問を行ったトウキョウ魔女裁判は、オルギアを探し出す為に行われたと報道されている。 しかし実際は、事実を知っている女性の口封じを狙った政府による大量虐殺だったワケだ。 薬物に手を出してしまったと、世間から汚名を着せられ死んで行った妹の為に必ず事実を証明し、マスメディアに公表すると龍二は誓った。 その為にはオルギアを捕まえ、彼女の口から自白してもらう必要があったのだ。 「……鷲尾分隊長?スマホ鳴ってる」 ヴァルプルギスの呼びかけに、ふと我に返った龍二は、建物の壁に隠れて胸元のポケットからスマホを取り出し、確認した。 「晴人から……?」 すぐに電話に出た龍二だったが、電話の向こうの晴人は終始無言で、その近くからは魔女の唸り声だけが聞こえていた。 「まさか……晴人が……」 龍二は晴人のスマホの位置を探り、すぐ近くだと確認すると、山羊本部に停車していた装甲車に乗り込み、エンジンをかけた。 「また大切な家族を失うのか……俺は」 「くそ!」 近くにいた部下がその龍二の行動に気付き、装甲車に駆け寄ると運転席の窓を何度も叩く。 「鷲尾分隊長!待ってください!どこに行くのですか!?」 「私達はどうすれば!?」 近くに居た部下の制止も虚しく、無我夢中の龍二は装甲車を発進させ、晴人のいるであろう首都高速出口まで急いだ。 その道中、街を徘徊する魔女達を数人見かけたが、どの魔女も動きが鈍くなっており、中には地面に倒れている魔女も居た。 「どうなってるんだ……これは」 「魔女達の力が弱まっている……」 ※ ※ ※ ※ ※ 姉のオルギアと対峙していた切子は、先程から全く動かなくなった姉の肩に触れていた。しかしその手はまだ、恐怖で震えている様子だった。  切子は恐る恐るオルギアの口元に顔を近付けると、オルギアはまだ微かに息をしていた。  アルビオンブラッドを打ち込まれたオルギアは、体内で二つの血液が混じり、急激なアレルギー反応を起こしている。 晴人の仮説によると、オルギアが死んだ時に全ての魔女の力は失われ、魔女化していた女性達は元に戻る。 それはオルギアの血液に含まれるナノ遺伝子が、魔女達をコントロールしており、司令塔であるオルギアが基地局の役割を担っているからだ。 オルギアが倒れた今現在、魔女達の力が弱まっているのは事実。 晴人の予想は的中していた。 微動だにしないオルギアは、実は体内で切子と戦っている最中。闇の血液と光の血液がお互いの効力を打ち消し合っていた。 切子は近くの端材で手のロープを切り、動かなくなった姉のオルギアを背負い、ゆっくりと一歩ずつビルの端に向かった。 「鷲尾先生……ごめんなさい」 「私達……もうこの世界には居れない」 「お姉ちゃんと一緒に行くわ……」 涙を流しながらビルの下を覗いた切子は、息を大きく吸ってから、ためらいも無くオルギアを背負ったまま屋上から飛び降りた。 その瞬間、バサバサとオルギアの背中から四枚の黒い羽が生え、大きく羽ばたいた。 ビルから落下して行く切子は背中から聞こえるその重厚な羽の音に気付き、思わず姉の顔を見る。  オルギアは目を真っ赤にして見開いており、黒い髪の毛の半分は白く変色していた。 「残念ね切子……あなたの負けよ」 「そんな……」 月夜に照らされた二枚の漆黒の羽はオルギア自身を包み込み、後の二枚は激しく羽ばたいて切子を空中で振り落とした。 「きゃあ!」 切子は払われた勢いでクルクルと回転し、そのまま地面に落下して行った。 装甲車からその様子を見ていた龍二は、ブレーキを踏み込み車から降りた。 「見つけたぞオルギア……そこに居たのか!」 龍二は肩に掛けていたマシンガンを構え、オルギア目掛けて連続で銃弾を放った。  その距離約八百メートル、元々長距離用の武器では無かった為か弾道は半円を描きながら逸れ、それをスコープで確認した龍二は銃を一旦下ろす。 「クソっ!ここからじゃあ奴にカスリもしない!」 すぐ様車に乗り込み、アクセルを踏み込む龍二だったが、ハザードを点滅させながら道路脇に止められていた見覚えのある赤いバイクを見つけて、彼は息を飲んだ。 「は……晴人……」 車から飛び降りた龍二は足がもつれながらも血だらけの晴人に駆け寄り、肩を掴んで揺らした。 龍二の心臓の鼓動は激しく脈打ち、身体全身から力が抜けて行く感覚を感じる。 「晴人!おい晴人!しっかりしろ」 兄はすぐ近くに落ちていた晴人の右腕に気付き、魔女との壮絶な戦いをしていた事を理解した。 龍二は自分の服をビリビリと破り、晴人の切断された右腕の傷口付近を縛り上げた。 言わば彼は戦場のプロ。晴人が既に事切れていた事は承知の上だったが、家族の死に向き合えない感情が、彼に正常な判断や行動をさせなかったのだ。 「晴人……よく頑張ったな……」 「勉強しかして来なかったお前が、まさかこんな場所まで一人で来るなんて」 龍二は涙を流し、晴人を抱きしめた。 最後に交わした二人の会話は妹の葬式の帰り際だった…… 「晴人、何か困った時は……連絡して来いよ」 「大丈夫だ兄貴、困った時なんて来ないよ」 「もし次に兄貴に連絡する時は、死ぬ直前かも知れないな」 龍二は五年前に交わした何気ない会話を思い出す。 「何故晴人は最後に俺に電話をして来たんだ……」 「何か俺にして欲しいのか?」 「……何かして欲しい」 「まさか……」 龍二は何かに気付き。晴人のポケットを探った。すると右ポケットから一本の注射器が出てきた。 月の光に照らしてみると、それは白く輝きを放ち、注射器の中でユラユラと揺れていた。 「何だこれは……」 その注射器に張られたシールに何か書いてある、それは紛れもない晴人の筆跡だった。 “対オルギア用高濃度アルビオンブラッド” ラスト・ウィッチ(5)終
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