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夫が幽霊になりまして
息子が生まれた日に、夫が亡くなった。死因は不明のままだ。質素な家族葬が終わり、納骨し、私は1人になった。
それでも心は穏やかで、幸せだ。
陽光が部屋を明るく照らす。春風がカーテンを優しくゆらした。
――私の愛しい人は、今もそばにいてくれる。
「やっぱりこれって運命よね」
「もう少し怖がるとかさぁ」
「会えてうれしい幽霊なら大歓迎だわ」
そうじゃなくてねと頬をかいた指に触れようとして、手がすり抜ける。触れたら、ほとんど生前と同じなのに、それは許してくれない。視えて声が聞けるだけ幸せに思えということなのだろう。胸まで伸ばした前髪を指に巻き付ける。ここ数日手入れをしていない赤毛は指通りが悪かった。
「幽霊に触れる魔法を開発するべきよね」
「魔法使いってやつは思考がぶっ飛んでるなぁ……」
「ネジが外れてるって言ってほしいわ」
私は魔法使いだ。仕事は、えり好みして余るほどある。だから1人で子供を育てるのは苦ではない。だけれど、子供の立場から考えたら。幽霊だろうと、お父さんと触れ合えたほうがいいに決まっている。たぶん。
「この子の物心がつく前に魔法を完成させなきゃね」
「本気かい」
「もちろん手伝ってくれるでしょう?」
「なにがなんでも成仏させない気だな」
「最低でも、あと70年は現世に留まってね」
「おぅ……」
あきれ返ったような声を同意とみなし、私はベビーベッドに向かう。法事でバタバタしていて、息子の顔を落ち着いて見たのは数えるほどしかない。授乳したばかりだから、あと数時間は起きないだろう。心地よさそうに眠る目元が彼に似ていた。
「顔は君に似ているかな。目元は俺かも」
「あなたみたいに優しい性格になってほしいわ」
「どんな性格だろうと、犯罪者にならなければいいよ」
「そうかもね」
たわいない、けれども間違いなく奇跡の会話だ。死者と生者が将来について語り合うだなんて、どんな魔法でも実現できそうにない。私はこの奇跡を、必ず普通にしてみせる。ベビーベッドの柵を強くつかんだ。
「目指せネクロマンサー!」
「それは魔法使いなのか?」
「いつか魔法使いとして認めさせるわ」
家族みんなで一緒にいるための魔法開発は、始まったばかりだ。
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