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恋に消費期限があるってマジですか!?
「ねぇ知ってる?恋って消費期限あるらしいよ!」
いつもと変わらないなんでもない放課後、私、川口葉月は友人の口から驚く事実を突き付けられた。
「え!恋に消費期限なんかあるの!?」
「今噂になってるんだよ!なんでも裏山にある廃神社に行けば消費期限が延ばせるとかなんとか。」
「そうなの!?今日放課後早速行かなきゃまずいじゃん!」
私が慌てて言うと目の前の友人、花山明日香がニヤリと笑った。
「もしかして葉月、影山に振り向いてもらえなきゃ困るから焦ってんの~?」
「違うよ!そんなんじゃないし!」
図星をつかれてこれまた慌てて否定をするが明日香はニヤニヤとしたまま"ふぅーん。"と答える。
私は今、クラスメイトの影山優人君に片想いをしているのだ。
クラスではどちらかと言うと陽に分類されるであろう私と、どちらかと言うと陰に分類されるであろう影山君では接点すらない。
そんな彼に恋したきっかけは、日直の当番で黒板の上の方に書いてある文字が消せず一生懸命消そうとジャンプをしている時だった。
周りには他のクラスメイト達も居たがみんな「頑張れ~!」「あともうちょっとだよ!」と必死な私を茶化してばかりで誰も助けてくれなかった。
「もう!誰か背の高い子手伝ってよー!」
そう私が言った時、後ろからふっと手が伸びてきて黒板を消してくれたのだ。驚いて振り返るとそこにいたのが影山くんだった。
「ごめんね、チョークのカスがちょっと髪に付いちゃった。」
そう言った彼の手が私の頭にそっと触れたその瞬間私は恋に落ちた。あまりにもかっこよかった。
クラスメイトたちは相変わらず「影山助けるなよ!」や「イケメンな所独り占めしやがって!」と茶化していたがそんな事どうでも良かった。
しかしその後何度も仲良くなろうと試みたのだが上手くいかず、そのうち話しかけるタイミングも掴めないままだった。
でも消費期限が切れたらこの恋が終わってしまう、なんとしてでも消費期限を延ばさなければ!
かくして放課後、私と明日香は噂のある裏山の廃神社へと向かった。
裏山の整備されてるであろう道を2人で登っていく。道としては何となく出来ているが砂や石がそこら中に転がっていてでこぼことして歩きにくい。
そのうち道と呼べる道もなくなってきて不安になった私は思わず明日香に尋ねる。
「これ、道あってるのかな…?」
「合ってるよ……多分。」
「ちょっと明日香多分とか言わないで!?」
明日香も不安なのか、何となく足取りが重くなっている気がする。それでも消費期限を延ばすため、前へと歩き続けた。
さらに5分ほど歩いた時突然開けた場所が現れた。
「ねぇ、葉月ここじゃない!?」
明日香が声を弾ませて言う。目の前には開けた空間、その少し奥に寂れた鳥居があった。
何となく怖さを感じ、明日香と手を繋いで鳥居をくぐった。廃神社とだけあってなんだか異様な空気が流れている。
と、その時だった。
「こんにちは、お嬢さん方。」
突然後ろから老婆の声が聞こえてきた。
「うわあああ!」
「いやあああ!」
思わず2人して叫んでしまう。なんせここは廃神社、誰もいるはずがないのだから。
「これこれ、そんな驚きなさんな。」
そう言って老婆はケラケラと笑う。
「お嬢さん方も恋の消費期限の噂を聞いてここに来たのかい?」
「え、お婆さん知ってるんですか…?」
私は驚いて思わず尋ねる。
「ああ、知っているとも。最近そういう若い子がよく訪れるからねぇ。」
「あの、じゃあ、消費期限伸ばす方法って知ってますか?」
今度は明日香が尋ねた。
「もちろん知っているよ。どれ、着いてきなさい。」
私たちは言われるがままに老婆に着いていく。老婆が向かったのは境内の端の方にある古びた小屋だった。
小屋の中は見た目の古さに比べて想像以上に綺麗だった。小屋の奥では何かがぐつぐつと煮えている。それを2人で眺めていると老婆が突然話し出した。
「信じられないかも知れないけれど私はこの小屋に住んでる魔女なんだよ。もう何百年も生きてるんだよ。
数十年に一度、何故かこの山の麓では"恋に消費期限がある"て噂が回るのさ。そして実際に消費期限はやってきてしまう。ひとつの恋に消費期限が来ればそのうち新しい恋は出来るけれどそこにもまた消費期限がやってきてしまうのさ。
消費期限を伸ばすため皆この廃神社にやって来るんだがね、最初の頃はやり方も方法も知らなくて困ったものさ。
そこで試しにアタシが作った特別なお薬を飲ませたんだよ。するとどうだろ、みるみる消費期限が延びたのさ。つまり、お嬢さんたちの消費期限を延ばすにはアタシの薬が必要ってことさ。」
あまりにも異次元の話に私も明日香もついていけず戸惑っていると、老婆は続けて言った。
「恋の消費期限が切れると、今想ってる人とは今後絶対に付き合えなくなるんだよ。それどころか縁さえ無くなってしまうから二度と会うことは無いだろうねぇ。
逆に消費期限を延ばしてもしお付き合い出来たらその人とは結婚して子供もできて幸せな家庭を望めるだろうねぇ。さあ、どうする?」
消費期限が切れると影山くんとは二度と付き合えない…!?そんなのは嫌だ!
私は思い切って尋ねる。
「そのおくすりって何円しますか…?」
「ああ、お金は要らないよ。その代わり、1年に1度必ずアタシに逢いに来ておくれ。1人でここにいると寂しくて寂しくて仕方ないのさ。逢いに来てくれればお嬢さんの幸せは保証しよう。その時に合わせて幸せになれる薬も作ると約束するよ。」
「え、それだけでいいんですか?」
「それだけ、て思うじゃろ?人という人間は醜いもんでな、欲しいものを手に入れたら最初のうちは来てくれるんじゃがそのうちだんだんと来なくなもんさ。お嬢さんは来てくれるかい?」
「はい!必ず。約束します!」
来なくなるなんて酷い、そう思った私は老婆と握手を交し約束をした。
「そちらのお嬢さんはどうするんだい?」
「あ、私は今恋とかしてなくて…。でも、もしすることがあったら消費期限伸ばしに来てもいいですか?」
問われた明日香がこう答えると老婆はニッコリと笑って頷いた。
「さあ、少し待ってなね。すぐおくすり持ってくるからね。」
老婆はそう言って奥でぐつぐつと煮えている鍋の方へ向かった。先程まで中が見えなかったがお玉ですくいあげた時、紫色の液体が見えてしまった。
私は思わず、うっ。 と声を出してしまう。それに気付いた明日香が小声で「帰る?」と聞いてきたが首を振り拒否をした。今帰ったら影山君と恋出来ないじゃん!
老婆がコップに入った紫色の液体を持ってやってくる。
「見た目は少し悪いけれど味は悪くないはずだよ。さあ、お飲み。」
老婆に勧められ、意を決して口をつける。味は意外と悪くない。それどころか、
「美味しい…。」
想像と違う美味しさに思わず声が出てしまう。
「え、美味しいの!?」
横で不安そうに見ていた明日香が驚きの声を上げた。
「うん、何かぶどうジュース飲んでる感じ…。」
「ぶどうジュース…?確かに紫だもんね??」
よく分からないが明日香も納得してくれたみたいだ。残りのお薬も飲み干した。
「ありがとうございます、お婆さん。」
「いいんじゃよ。明日学校に行ったら想い人に思い切って"おはよう"と言ってみな。きっといい方向に向かうよ。」
「はい!」
私は元気よく答え、明日香と小屋を後にしようと出口を出る。
「そうそう、1年に1度必ず会いに来る約束、忘れないでおくれよ。」
別れ際、老婆にそう言われ私と明日香は頷き手を振った。老婆も手を振り返してくれた。
________________________*
翌日、いつもより少し早めに登校した私は影山君が来るのを今か今かと待ち構えていた。
ガラッ
ドアが開く度に影山君かとソワソワしてしまう。同じように早めに登校してくれている明日香も何故か一緒にソワソワしている。
「なんか緊張するね、挨拶するだけなのに。」
「なんで私じゃなくて明日香の方がしてるの!?緊張うつるからやめてよ~!」
2人でそんな話をしていると、本日何度目かのドアが開き影山君が入ってきた。
ガタンッ
勢いよく椅子から立ち上がった私をみんなが見ているがそんなの気にしていられない。
「お、おはよう、影山君。」
声がうわずる。影山君はちらりとこちらを見たあと、返事もせず席へとそそくさと座りに行ってしまった。
「え…。」
昨日の老婆の話は嘘だったんだろうか、思わぬことにショックを受けた私はその場から動けない。クラスメイト達も何となく察したのが茶化すことなくいつも通りの日常を過ごしてくれている。
「葉月、大丈夫?」
明日香が慌てて声を掛けに来てくれるが今の私にはその声も遠くの音にしか聞こえない。
その時だった。
「川口さん、ちょっといいかな。」
突然後ろから男子に声を掛けられ"影山君!?"と振り向く。そこにいたのは影山君では無かった。
でもそのおかげで何とか正気には戻れた。
「何?」
「ちょっと来て。花山さんも。」
顔を見合せた私と明日香は言われるがまま男子に連れられ人気のない校舎裏へと歩いていく。校舎裏へ辿り着くとそこには何故か影山君が待っていた。
「花山さんはここで僕と待ってて。川口さん、あいつが話したい事あるらしくて。聞いてあげてくれないかな?」
男子と明日香が少し離れた位置で立ち止まる。私は1人でそのまま影山君の方へと向かう。
影山君の前までたどり着くと、とりあえずは謝らなきゃと声を出す。
『あの!』
やってしまった、声がハモっちゃった。どうしようまた怒らせたかも、と私は1人うじうじ悩む。
「川口さん、俺先話していいかな?」
影山君はそんな事を気にする素振りもなく話を進める。私は頷くしかできない。
「まず、さっきは無視してごめん。川口さんに話しかけられたのが嬉しかったんだけどテンパっちゃって、ほんとにごめん。」
「私こそ、突然声掛けてごめんなさい。嫌な思いさせちゃったかと思ってた…。」
「そんな事無い、ありがとう。俺、前から川口さんの事気になってて。覚えてないかも知れないけど前に川口さんが日直の当番で黒板の上の方が届いてない時があったんだよね。
周り皆見てたのに誰も助けてなくて、気づいたら勝手に体動いてて。一生懸命な川口さんを可愛いと思った。その後も話したかったんだけど変に意識しちゃって。中々話せなくて。」
影山くんからの突然の告白に私は驚いて言葉も出ない。ただ同じ気持ちだったんだなと嬉しくて堪らない。
「川口さんさえ良ければ、俺と付き合ってくれませんか。」
返事は勿論、イエスだ。はいって言いたいのに言葉が上手く出て来ない。代わりに涙がとめどなく溢れる。それを見た影山君がそっと抱きしめてくれた。あの時と変わらない暖かい優しさが私を包む。
「…こんな私で良ければ。」
ようやく出た言葉は涙で上手く言えなかったが伝わっただろうか。抱きしめられる力が少し強くなったからきっと伝わったのだろう。
そういえば、と思い出して明日香たちがいた方に目線をやる。こんな姿少し恥ずかしい。しかし、いつの間にかふたりはいなくなっていた。
私が落ち着いたのを見計らって影山君が声をかけてくれる。
「川口さん、教室もどろうか。」
「うん。でもその前に、葉月て呼んで。」
「分かった、葉月。俺の事はなんて呼んでくれるの?」
「え、影山君…?」
「何でだよ。優人、言ってご覧。ひ、ろ、と。」
「ひろとくん…。」
彼は恥ずかしげも無く私の名前を呼んだけれど私は少し恥ずかしくて顔が紅くなる。
「顔真っ赤で可愛いね、葉月。」
そんな私を見て彼は茶化してくる。いつもの目立たないクラスメイトのイメージから少し意地悪な人に格上げしよう、そう心に決めた。
____________*
それから月日が流れた。明日は私と優人の結婚式だ。優人に行きたい所があると言って連れてきたのはあの時の廃神社。
あの頃よりも道は寂れていて歩きにくい。年々この道が寂れていくのを少し寂しく思う。
「葉月どこに向かってるの…?」
「この先にある廃神社。そこにね毎年行ってるんだあ。」
そして私は、恋の消費期限の話を始めた。優人は最後まで聞いたあとで口を開く。
「もっと早く教えてよ。最初から2人でお礼に来たら良かったね。」
なんて、疑いもせずにあっさり信じたようだ。まあ事実なんだけれども。
そんな話をしているうちに、気付けば廃神社へとたどり着いていた。
私は慣れた足取りで小屋へと向かう。優人も後ろを着いてきてくれる。
コンコン
小屋のドアをノックすると奥からしゃがれた返事が聞こえてきた。ドアを開き中へとはいる。
「おばあちゃん、こんにちは。」
「あら葉月ちゃん、こんにちは。今年も来てくれたんだねぇ。」
「約束だもん!」
この数年で私とお婆ちゃんはすごく仲が良くなった。1年に1度しか会っていないがなんだが実家に帰ってきたようなそんな安心感があるのだ。
「おや、横の男性は…?」
「あの時お婆ちゃんのお陰でお付き合いする事になった影山優人くん。あのね、私明日結婚式なんだ。」
「あらまあそうなの?葉月ちゃん良かったわねぇ。でもアタシじゃなくて葉月ちゃんと旦那さんの相性が良かったのよ。」
そう言ってお婆ちゃんはうふふと笑い小屋の奥へと向かう。奥では相変わらず何かがぐつぐつと煮えている。
そして鍋から何かをコップに入れて帰ってきた。そこにはあの時と同じ紫色の液体が入っている。
「おばあちゃん、これなあに?」
「これは、この先葉月ちゃんと旦那さんが末永く幸せになれる薬だよ。さあ、お飲み。」
私は迷わず口を付けるが優人は少し迷っているみたいだ。
「見た目はあれだけど味は美味しいよ。私が保証する!」
「まあ、葉月が言うなら…。」
恐る恐る1口飲んだ優人は「美味しい。」と小声で呟きそのまま飲みきった。私も慌てて飲みきる。
それから他愛も無い話をする。この1年間に起きたことを私はおばあちゃんに教えた。といっても内容はあまり濃くない。明日香に彼氏が出来たこととか、優人のプロポーズの言葉だとかそんなんだ。
気づけば時刻は16:00を回っていた。
「おや、もうこんな時間。山はすぐ暗くなるからね、早く帰りなさい。」
そう急かされ私と優人は小屋を後にする。
「おばあちゃん、ありがとう!」
「いいのよ。また来てちょうだいね。」
「うん、また来年ね!」
そう別れを告げ、来た道を帰るのであった。
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