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私の推し変について
「騎士の妻になるからには体力が必要だと思うんです」
「なんなの突然」
それからしばらくして、私はメグに借りたワンピースを返すためにまた騎士団の入口で待ち合わせをした。
貴族であるメグと会うにはどうしたらいいのか分からずにいると、ライがアデルさんに言ってメグを呼んでくれたのだ。
お礼に手作りの焼き菓子を渡すと「まあ、質素な食べ物ね」と言いながら、それでも嬉しそうに受け取ってくれた。
「ライの体力が異常だって話です」
「まあ、あの身体ですものね」
「ついていけないんですよ、絶対最後はいつの間にか寝ちゃってて、でもあれは多分寝たんじゃなくて気を失った……むがっ」
「ちょっと何の話!?」
顔を赤くしたメグが慌てて私の口を押えた。身を捩ってメグの手から逃れようとしてもメグの手は中々離れない。
やるな、ご令嬢。
「……むぐぐ、メグはあの後どうしたんですか?」
「それはもう、酔っぱらって大変だったんだよ~」
メグの後ろからひょっこりとアデルさんが現れた。その声に飛び上がりそうなほど驚いたメグは、さらに白い肌を赤くさせてアデルさんを睨みつけた。
「ひ、人聞きの悪いことを言わないでちょうだい!」
「でもあのままだと貴女はあそこで寝ちゃってたでしょう。俺が介抱して事なきを得たんだから感謝して欲しいなぁ」
「馬車が控えていたわ!」
「あんなに酒の匂いをさせて帰れるわけないでしょう? お母上が心配するよ」
「お、覚えていないわ! それよりユイ、ホラこれ約束の眼鏡よ!」
メグは綺麗な袋を私にずいっと差し出した。中を確認すると私の眼鏡とお洒落な眼鏡が入っている。
「わ、素敵! え、こんな素敵なものいいんですか!?」
「私は約束は守るのよ。それから香油とかおすすめの化粧品も入っているから、少しは身嗜みに気を付けなさい! また私と会う気があるなら少しは身綺麗になさいな!」
「ありがとうございます、メグ! また会いたいから私頑張りますね!」
メグは真っ赤な顔でプイッと顔を背けると、私があげた焼き菓子とワンピースが入っている袋を胸の前で抱き締め「ごきげんよう!」と言葉を残してその場を駆けて行ってしまった。
「……アデルさん、メグに何したんです?」
「別に何も? 酔った人に何かする趣味はないよ。でもそうだね、何か勘違いしてるかもしれないなぁ」
「勘違いするようなことを言ったんですネ」
「そんな事ないよ~人聞き悪いなぁ! あ、そうだ、ユイちゃん、婚約おめでとう」
アデルさんはそう言うと私の頭をポンポンと撫でた。
「君たちの結婚式には呼んで欲しいな」
「田舎ですよ?」
「関係ないよ! 長いこと片思いだったライがやっと手に入れた幸せを祝わない訳ないだろ」
「それはどうも」
背後から低い声が響き、私の頭を撫でていたアデルさんの手がべりっと剥がされた。
「ライ」
「勝手に触るな」
「おめでとうを伝えただけだよ」
「それと頭を撫でるのは関係ないだろう」
ぺっと捨てるようにアデルさんの手を乱暴に剥がすと、アデルさんはいてて、と手首をさすった。
「結婚式呼んでよ」
「お前の婚約者と来いよ」
「もちろん」
にっこりと笑顔のアデルさんは、そうだ、とひとつ手を合わせた。
「ユイちゃん、今日はイヴァンが鍛錬場に来てるけど見てく?」
鍛錬場へ視線を向けるアデルさんの横顔を見つめて、私はふふっと笑った。
「なに?」
「いいえ、私、好みが変わったんですよね」
「好み?」
「そうです。今はしなやかな筋肉ではなくて、ムキムキで大きい筋肉が大好きなんです」
持っていたスケッチブックを開いて、ジャーンとアデルさんに見せる。
「おお~! 何これ誰コレ? まさかライ!?」
上半身裸で剣を振る姿や背中、腕や胸筋をしっかり描いたスケッチを見て、アデルさんが感嘆の声を上げた。
「お、おい、いつの間に!」
ライの慌てる声を無視して食い付いてくれたアデルさんにどんどん見せる。
「ユイちゃん、本当上手だよね! これは中々……」
「あ、これはこの間跨られた時にあまりに神々しかったので目に焼き付けておいて後から描き起こしたものです」
「なるほど、筋肉ってすごいなあ」
「でしょでしょ~?」
「お前! 何言ってんだ!?」
私の手からスケッチブックを取り上げようとするライから身を捩って逃げる。
「だから今は、イヴァンさまを見なくても美しい筋肉をいつでも拝めるので、イヴァンさまの親衛隊は卒業しました!」
笑ってアデルさんに宣言すると、横から太い腕が伸びてきて、ぎゅうっとその熱い胸に抱き込まれた。
隊服の上からでも分かる、ライの熱と弾力のある筋肉。見上げると目許を赤く染めた熊みたいな身体のライが私を見下ろしてる。
これがかわいく思えるなんて、私も相当やられてると思う。
そう、今の私の推しは、ムキムキマッチョで大きな獣みたいな騎士様ですから!
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