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眼鏡っ子の華麗なる変身について
馬車を走らせ到着した立派なお屋敷が誰のお屋敷なのか、確認するまでもなく平民の私でも知っている。
まさか人生でこんな立派なお屋敷に足を踏み入れる機会があるとは思わなかった。
メグの号令で何人ものお仕着せを着たお姉さんたちに見たことのない広い浴室に連れ込まれ、服を引っぺがされて暖かく凄くいい匂いがする浴槽に沈められた。髪や体を洗われるのを他人にしてもらうのは人生で初めてだ。なんだか恥と言う言葉をどこかに置いてきた気がする。
経験したことのないマッサージを受け気持ちよさに眠りこけてしまい、目を覚ますとすっかり外が薄暗くなっていた。
「貴女、よく眠れるわね……大した性格だわ」
「凄く気持ちよかったです」
「私の専従侍女たちですもの、当たり前よ」
物語の中に出てきそうな広い部屋で、たくさんの服が並べられている。メグはその中から侍女のお姉さんとあれこれ話しながら、何着か選び私に着替えさせた。
「これを私が!?」
「そうよ。着替えなさい」
「着れません! 汚しちゃうし着てきたやつでいいです!」
「あれは洗濯してるから濡れてるわよ」
「え、汚れてました?」
「……そういう事じゃないんだけど」
結局、侍女のお姉さんたちの手でワンピースが選ばれ着替えさせられ、いつも後ろで一つにまとめているだけの髪もハーフアップにしておろし、何なら緩くキレイに巻いてくれた。いい香りの香油を垂らし、いつもと違い艶めく髪が自分のものではないみたい。
そして、見たことがないデザイン、触ったことのない手触りのワンピースは、信じられないほどかわいくて着心地がいい。
「ほらね、いいじゃない」
着替えを終え姿見に映る私を見て、メグは満足げに頷いた。侍女のお姉さんたちも満足そうに微笑んでいる。
「貴女、もう少し普段から綺麗にした方がいいわよ」
「でもこんな事、毎日なんて面倒臭くて無理です……」
「全部じゃなくてもいいのよ。髪に塗り込む香油だけでも試しなさい。これをあげるから」
「え! もらえません!」
「使いかけよ。これは町の商店でも買えるし、それほど高価なものではないから貴女でも買えるわ」
「あ、ありがとうございます……」
「肌にも使えるから。貴女、少し肌が乾燥気味よ」
「そうですか……」
「さあ行きましょう!」
「どこへ?」
「貴女の店よ。幼馴染が来るんでしょう?」
メグはそう言うと、美しい貴族令嬢の笑みを見せた。
*
「え~~! ユイちゃん!? すげえかわいい!!」
店に到着すると、既にお酒を飲み始めていたアデルさんが私を見て両手を広げた。
他の騎士の方たちも口々に褒めてくれる。厨房にいた店長までわざわざ顔を出している。なんだか店内がいつもより盛り上がっているけど、薄暗いし眼鏡がなくて良く分からない。
「ちょっと!」
メグが私の腕を引っ張って耳打ちした。店内が賑やかなので大きな声を張り上げている。
「あの男がいるなんて聞いてないわよ!」
「言ってないですね」
「どうしてあなたの幼馴染がいなくてあの男がいるわけ!?」
「アデルさんは常連さんです」
ライはやっぱり来ていない。
「……まあいいわ。とりあえずその格好で仕事なさい」
「え!? 無理ですよ、見えないですもん!」
それじゃなくても店内は薄暗い。眼鏡がなくては良く見えないのに、給仕なんてしたらお盆をひっくり返す自信しかない。
「どうせ見えていてもひっくり返すでしょう」
「ひどい! たまにです!」
「ひっくり返すんじゃない……」
「ユイちゃん、一緒に飲もうよ」
アデルさんがジョッキを三つ手にいつの間にか背後に立っていた。
「え、だめですよ、私仕事が……」
「眼鏡ないんでしょ? 今日は諦めてさ。ほら、カタリーナ嬢も」
「わ、私は……っ」
「貴女がこんなところに来てくれるとは思わなかったな。せっかくなんだから一緒に飲みましょう」
アデルさんは有無を言わせず私たちを席へ誘導した。周囲の騎士たちがどんどん集まってくる。ていうかみんなもうそんなに出来上がってるの? お店忙しいんじゃないかな。
「ユイちゃんてさ、ライとどんな関係なの?」
「え、ただの幼馴染ですけど」
「そうなの!? あんな毎日お弁当持ってきてるのに!?」
そばにいた騎士たちが驚きの声をあげる。
「え、俺てっきり二人は兄妹だと思ってた」
「全然似てねえだろ!」
「ライとユイって名前がさ、似てんじゃん」
「あ~、なるほど」
「ユイちゃん、今いくつ?」
「二十歳です」
「ちょうどいい!」
「何が?」
「ユイちゃんは彼氏とかいないの?」
「いませんよ」
「ちょうどいい!」
「だから何が!?」
「こっちのきれいなお姉さんは?」
「あ、その人は俺の婚約者だから駄目だよ」
「「「えっ!?」」」
アデルさんがジョッキを飲み干してテーブルに置くと、にっこりと綺麗な笑顔を見せた。でもなんだか圧がある。驚いてメグを見ると、ものすごく嫌そうに顔を顰めているけれど否定はしない。
え、てことはアデルさんも貴族ということ!?
「おま……っ、こんな綺麗な婚約者いるのかよ!」
「羨ましい! なんだよ顔がいいとこんな綺麗なお姉さんと婚約できんのかよ!」
「くそ~!」
周囲の騎士が突然荒ぶりだして、次々とジョッキを空にする。奥から店員が嬉しそうにどんどんお代わりのジョッキを運んでくる。
うわ、これは今日忙しいわ! 私ここで座ってていいのかな。
そわそわしていると、近くに座っていた騎士がツンツンと肩を突いてきた。
「ユイちゃんはさ、ライと付き合ってるの?」
「え?」
思わずジョッキを落としそうになった。
「なな、なんでそんな事……」
「え、違うだろ? ユイちゃんはイヴァンが好きなんだよな?」
「そっかぁ。イヴァンとライではタイプが全然違うもんなぁ」
「そ、そうですよ! そもそも比べるなんて烏滸がましい! イヴァンさまはすっごく美しくて神々しいじゃないですか!」
「神々しい……」
「そうだなぁ。あいつはちょっと違う生き物だよな。あんなにキャーキャー言われてんのも納得っつーか」
「全然羨ましくはないんだよな」
「分かる」
「え、でもライだってモテるよな」
「確かに。アイツ顔面普通だろ? なんでモテんだ?」
「身体じゃね?」
「確かにでかいけどさ! 絶えずそばに女いねえ?」
「ユイちゃん、何か知ってる?」
「へ? えっと……そうですネ、確かに昔から女性がそばにいますネ」
「やっぱり!? なんなのアイツ、俺らと顔面変わんねーのに!」
「顔面顔面言うなよ」
「で、ユイちゃんはライの事どう思ってるの?」
それまで黙って聞いていたアデルさんが小首を傾げて至近距離で私の顔を覗き込んできた。
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