どうしてそうなる熊男

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どうしてそうなる熊男

「……メグを置いてきちゃった」  さんざんバタバタ暴れても決して降ろしてくれる気配のないライに、私は諦めて大人しく肩に担がれていた。道行く人々が振り返り私を見るけど、眼鏡がないのでよく分からないから、まあいい。 「起きてたのか」 「起きてましたー。諦めてただけですー」 「降ろすぞ」 「さっきから降ろしてって言ってる」  ライは私を荷物でも降ろすように乱暴に地面に降ろした。  スカートはいてるのに。失礼しちゃう。 「で?」 「え?」  ライの言葉に顔を見上げると、ぼんやりした視界の中で不機嫌に眉根を寄せているのが分かる。  誰なの、ライを優しいとか言った人は。 「何その格好」  私を見下ろし不機嫌に言うライは、つま先から頭のてっぺんまでじろじろと見てため息を吐いた。 「すみませんね、似合ってなくて」 「そんなこと言ってない」 「どうせ子供には似合わないって言うんでしょ」 「そんな高そうな服どうしたのか聞いてんだよ。なんでお前が着飾ってる」 「成り行きで」 「はあ? 大体眼鏡だってどうしたらそんな簡単に壊れんだよ」 「壊れちゃったから仕方ないの! それにいいの、みんな眼鏡取ったら可愛いって言ってくれたから」 「はっ。やっぱガキだな」 「はいはい。いつまでも子供だと思っててくださいー」 「それでアイツと付き合うとか言ってんのか。お前を可愛いっていてくれる男と」 「私が誰と付き合おうとライには関係ない。それに、みんな可愛いて言ってくれたし、付き合ってって言ってくれたよ」 「それがガキだっつってんだよ。チョロいわ」 「チョロくて結構! もう、ほっといて!」  ライと話してるとイライラする。いつまでも兄のような父のような対応しか私にはしない。私に優しく、女性を扱うようになんて決してしない。私はいつまでもライの年下の幼馴染なのだ。  でもこれは、私が自ら選んだ関係だ。なのにこんな風にイライラするなんて、ライの言うとおり私は子供だ。  踵を返してきた道を戻ろうとすると腕を掴まれた。 「どこに行く」 「お店に戻る」 「お前な、ここが何処か分かってんのか」  そう言われて周囲を目を細めてよく見ると、店先に(多分)綺麗なお姉さんやお兄さんが立っている。華美な装飾が施された煌びやかな店や大きな間口の店が立ち並ぶここは、いわゆる宿場町。男女が逢瀬を重ねたり、相手を求めてやってくる場所だ。 「なんでこんなところ歩いてるの?」 「お前の家まで近道だから」 「いつもは絶対通るなって言うくせに」  はあ、とため息をついてライを見上げると、無表情で私を見下ろしている。 「店に戻る。腕離して」 「そんな恰好で一人で歩いてたらどこぞのおっさんに捕まる」 「大丈夫。あっちの通りを行けばそういう客層じゃない人たちしかいないから」 「へえ? 詳しいな?」  ライの口端が僅かに上がった。店で込み上げてきた熱い塊のような腹立たしさが、また蘇る。 「そうだね。ちなみにこの目の前の宿は部屋にお風呂が付いてて寝室とリビングまであるのに格安だよ。掃除も行き届いてるから逢瀬にピッタリ。よかったらライも使えばいいよ。あ、もう使ったことあ……!?」  最後まで言い終わる前に、私はまたものすごい速さでライの肩に担がれた。   「そうかよ。そんなにお勧めなら早速使えばいい」 「ちょっとライ!」  ライは迷うことなく私を担いだまま、目の前の瀟洒な佇まいの宿の扉をくぐった。  背後で扉が閉まり鍵をかける音がやけに響いた。  ライが入口の前に立ったまま動かないけど、気配だけは感じる。でも振り返ってその顔を見る勇気はない。  直立したままの私の横を通り過ぎ、ライが部屋の中央に進んでぐるりと見渡した。 「確かに、きれいな調度品だな。お前の言うとおり掃除も行き届いてるし……寝室はこっちか?」  次の部屋へ続く扉を開けて中へ入っていくライ。  待って、何この状況。なんでこんな事に……?  ぐるぐると一生懸命考える。でも全然分からない。  部屋の向こうからライの感心する声が聞こえてきた。お風呂を見つけたらしい。  暫くして、一通り見て回り満足したのか、ライが戻って来た。  眼鏡がないせいなのか、その表情はやっぱり読みとれない。   「で?」 「え?」  不機嫌なような、でも何の感情も乗っていないライの声にぞくりと背筋が震える。 「ここは、お前が利用した部屋か?」  またライの口端が上がったのが分かった。でもそれは笑っている表情じゃない。 「は? なんで……」 「お前の言うとおり、格安で泊まれる。部屋も寝室と居室、風呂もある。掃除も行き届いてる。俺はこんなとこ知らなかったけど、随分詳しいよな」  それはお店でお姉さんたちが話していたのを聞いただけですけど! まさか私が利用したことになってる!? 「誰と来た?」 「……」 「誰と来たんだ。……イヴァンだけだと思ってたのに」 「どうしてそこでイヴァンさまが出てくるのよ」 「イヴァンだけならよかったんだよ。どうせ誰にも脈なんてないからな。舞台俳優に憧れるように騒いでるだけだったらよかったんだ。それを……」  ライがまたチッと舌打ちをした。  苦々しい表情で私を睨みつけてくる。その顔、普通に怖い。 「ライ、私お店に戻るから。泊まるなら誰か他の人と泊って」  ぎゅっと握りしめた掌が汗ばんでいる。拭きたいけど、このワンピースはメグから借りたものだったな、と頭の片隅で思い出す。  くるりと踵を返して把手に手をかけると、大きな手がバンッと扉を押さえ開けるのを阻んだ。ライの大きな体が陰になり私を覆う。  思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。 「もどって、アイツとここに来るのか」  そのひやりとした声には、怒りと、侮蔑と、焦りが含まれた響きを持っていて、ぎゅうっと胸が苦しくなった。    ――なんだか泣きそうになる。  私って、ライにとってどんな存在なんだろう。  どうしてこんなに攻め立てられるのか。心配してる? 妹みたいな私を? 田舎から王都へ出てきた私がいつまでも心配で?  私はいつまで妹をやっていたらいい? 「……だったら、俺でもいいだろ」  その低い声が意味を持って私の胸に落ちてくる前に、私はいつの間にか横抱きに抱き上げられ寝室へ運ばれていた。
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