第二章 模倣

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 坂上のアパートに戻り、胡桃はバックの中に入っているラブレターとクッキーをぼんやりと見つめた。  自分が書いたラブレターとして坂上に渡すつもりなどない。やはり、どんなに同じ時間を過ごそうと坂上は担任の先生なのであって、それ以上の存在にはなり得なかった。  明日は土曜日。今すぐ渡す必要などない。仮に渡すとしたら、野口に脅されたと正直に言おう。  考え事をしているうちに坂上がビニール袋を持って帰ってきた。 「ただいま!」  その声はやけに陽気なものだった。胡桃は寒さを我慢するように腕を組んだ。 「胡桃さん、どうしたの? そんな怖い顔して」  坂上は赤いネクタイを解いていた。 「そんなことないですよ」 「前から思ったんだけど、ここにいるときは無理に敬語じゃなくていいよ。なんだか距離を置かれているような感じがするから」 「先生は先生ですから」  坂上はテーブルの上に弁当を置いた。 「ごめんね。今日はつくるのが面倒だから。書かなきゃいけない書類が多くて」  胡桃は黙々とごま塩がのったご飯を食べた。まるでベチャベチャしたお粥を食べているような気分だった。 「先生、やっぱり」  坂上が箸を止めた。 「そろそろ、家に戻ろうと思います」 「どうしたの急に」  顔を曇らせた坂上はまじまじと胡桃を見つめた。 「先生にずっと迷惑をかけるわけにはいかないし。このままだとクラスの誰かにバレると悪いですし」 「実は胡桃さんに内緒でお母さんに会ってきたんだ。あんなの母親とは言えないよ。胡桃さんを預かっていることを言っても、何の関心も示さなかった。『後はお願いします』って。他人行儀だったよ。あんなところに帰るのかい?」 「警察に言おうと思うんです。お母さんの交際相手から暴力を振るわれているって。それで、あの人がいなくなってくれたら、お母さんだって変わると思うんです」 「そんなことないよ。胡桃さんのお母さんはまた同じような男に引っかかるよ。すぐに治るようなものじゃない」 「自分でなんとかしますから」 「僕が胡桃さんを守るから。細かいことは気にしないで。もう梓さんみたいな子を出したくないんだ。ごめんね」  坂上の目から涙が溢れてくる。悲しそうに見えるはずだが、今日に限って坂上の腕毛が濃く見えた。 「ありがとうございました」  胡桃はボストンバッグを持って、廊下の方へ出ようとした。 「待って」  音を立てずに坂上が近づいてくる。焦った胡桃は震える手で鍵を開けた。坂上が泣きながら笑っている。胡桃がドアノブに手をかけ、外に開こうとすると数センチしか開かなかった。胡桃はやっとチェーンがかかっていることに気づいた。  胡桃が右手でチェーンの留め具を外そうとすると後ろから坂上が抱きついた。 「胡桃、大丈夫だよ。僕が胡桃を守るから」  顎が胡桃の右肩に乗っかり、腕が乳房と腹の間にまとわりついた。獣のような毛が生えた腕が胡桃の体を擦る。まるで愛撫されているようだった。坂上の体温が衣服を突き破って自分の体に侵入してくる。 「やめてください」 「好きだよ。胡桃」  坂上はさらに胡桃の体を抱きしめた。胡桃はチェーンからだらんと手を離し、左手で持っていたボストンバッグが床に落ちて、坂上の黒い革靴を押しつぶした。  目を開けると上半身が裸になっている坂上の姿があった。暗い室内で無造作に生えている胸毛が尖っていた。 「悪いことだって分かってる。だけど、胡桃さんが生徒じゃなくて、一人の立派な女性に見えるんだ。もう胡桃さんは胡桃さんじゃなくて胡桃なんだ」  ベッドの上で坂上が四つん這いになっている。サーカスに登場する獰猛なライオンのようだった。  坂上が目を合わせながら、胡桃の上に覆いかぶさった。胡桃は両手で坂上の胸を押し出したが、彼の硬い胸板を退けることができなかった。その反動で腕が体の外側の方へと広がり、手のひらは天井を向いた。 「胡桃、落ち着いて」  優しい声で宥めようとしたが、胡桃の両手が脇腹へと伸び、白くて長い爪を立てた。爪が皮膚の表面を傷つけ、坂上は「うー」と唸り声を出した。 「痛い。痛い。痛い」  坂上は両手で胡桃の両手を払いのけると手首を掴んで外側に捻った。軽くポキっと音が鳴り、坂上は胡桃の手をマットレスに投げつけた。胡桃が無防備になると黒いTシャツと下着を一緒に持ち、巻きずしをつくるように服をめくった。  へそ、あばら骨、小さな胸の順に肌が露わになった。坂上は鼻をくんくんさせながら、顔を胸の中に埋めると首を左右交互に動かした。  胡桃は無我夢中で親指と人差し指を使って耳を内側から外側へと引っ張った。それでも、怯むことなく坂上は胸から顔を上げようとしなかった。耳たぶに爪を立てると黒と赤が混じったような血が少しだけ流れた。  胸から顔を上げると坂上が両手でパンツを掴み、徐々にずらしていった。胡桃は反射的に下半身を両手で隠したが、坂上は右手を一振りするだけでなぎ払った。  脚を掴んで股を開かせると熱を帯び硬くなった性器が近づいてきた。緑色の血管が不気味なくらい浮き上がっていた。  胡桃は目をつぶり、息を吐いたり吸ったりすることしかできなかった。胡桃に残されているのは祈ることだけだった。熱い涙が川のようにシーツの方へと流れ出した。 「初めては誰だって怖いもんだよ。でも、大丈夫だよ。勉強と同じで経験が大事だから」  ボ、ク、ヲ、シ、ン、ジ、テ。ボ、ク、ガ、ク、ル、ミ、ヲ、マ、モ、ル、カ、ラ。ア、イ、シ、テ、イ、ル、カ、ラ。ナ、ニ、モ、コ、ワ、ク、ナ、イ、ヨ。  ミシンの針で何度も縫われるような痛みを胡桃は何度も味わった。
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