第一章 波紋

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 プロットを組み立て終え、編集者からゴーサインをもらった。  既に小説はクライマックスを迎えていた。僕はエナジードリンクを飲みながら、キーボードを叩いた。  僕は人の死を願ったことはあるが、人を殺したいと思ったことはなかった。そんな自分でも沢村が次々に少女を殺していくシーンを書いていると言いようもない快感を味わった。  毒を盛って殺す。遺体をバラバラにする。火あぶりにする。自慰行為に耽るよりも気分が良かった。  そのせいでバイトをしていても、どこかうわの空だった。 「草間さん、さっきから怖いっす」 「何が?」 「なんでそんな指が動いてるんっすか? 正直言って、キモイっす」  須藤くんに指摘されて分かったが、僕の手はキーボードを打つように動いていた。  もう少しで最高傑作ができる。本が出版されて注目を浴びたら、自分が草ヶ谷幽平であることを告げて、今まで馬鹿にしていた須藤くんや店長を見返してやりたい。僕はささやか復讐をしているような心持ちだった。  僕は数日にわたって小説を書き続け、やっと完成させることができた。推敲も兼ねて僕は最初から読み返した。  けれども、なぜ沢村がここまで悲惨な事件を起こしたのかが分からなかった。美貌に恵まれ、友達や恋人もいて、家族との関係が悪かったわけでもない。まるで悪を為すために沢村はこの世に生を享けたとしか言いようがなかった。  社会人をドロップアウトし、こんな年になっても、定職に就いていない自分を何度も責めてきた。たとえ鬱になったとしても、仕事を探す努力をするべきだったと後悔したこともある。  SNSで友達が仕事の愚痴を垂れ流すとき。僕は社会貢献ができていないと自分を卑下していた。そのせいで自分は役立たずのクズだとさえ思っていた。  けれども、沢村は社会貢献をしていないどころか存在そのものが悪だった。不思議なことに沢村のような悪を書くたびに自分がまともな人間であるという安心感を得ることができた。  それと同時に、沢村を称えるような掲示板がある理由がよく分かった。こんなことは言いたくはないのだが、沢村には人を惹きつける変な魅力があった。  僕は誤字を修正し、原稿を編集部に送った。やれることはやり尽くした。  久々の達成感を味わった僕は冷蔵庫にあるビールの缶を開けた。しっかりと冷やされたビールは美味しかった。  ひなまつりからDMが届いた。「そろそろ完成しましたか?」とある。「完成したよ。『人間ごっこ』というタイトルだよ。まだ誰にも言わないでね」と返した。  ふと僕はひなまつりのアイコンをタップし、プロフィール欄を確認した。ナオちゃんのファン。嫌な予感が胸を過る。最初はアイドルの名前だと思っていたが、もしかしたら、ナオちゃんというのは沢村を指しているのではないだろうか。  ひなまつり。普通のアカウント名だと思っていたが、思い返してみると沢村の誕生日は三月三日だった。  うまく言えないのだが、このまま本を出版していいのか分からなくなった。とはいえ、一から新しい小説を書く余裕などなかった。
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