第一章 波紋

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 久々にコンビニのバイトがなかった。僕はアパートのそばにある小さな書店で自分が書いた本を探した。有名な作家が書いたハードカバーの本は並んでいたが、流石に『人間ごっこ』はなかった。  書店で実物が並んでいる様子を見たかった僕は電車に乗って、わざわざジュンク堂に向かった。  新刊本のコーナーにひっそりと二冊だけ『人間ごっこ』があった。帯には「人間のフリをするのに疲れた」という沢村の名言が書かれている。表紙には血まみれのセーラー服を着た美少女が描かれている。  店に並んでいるだけで僕は嬉しかった。今までの苦労が報われるような気分だった。  『人間ごっこ』が発売されて、既に一ヶ月が経っている。アマゾンのレビューを確かめると三件しかレビューがなかった。その中でも一つ星をつけた批判的なレビューに目が留まった。タイトルは「子どもは読んではいけない」とあった。  残虐な描写が多く、読むに堪えない。作者の性癖を見せつけられているようで、気分が悪くなる。それだけではなく、本書は少年犯罪を誘発しかねない。本書を読んだ少年少女が道を誤らないよう、ただ祈るばかりである。  余りにも的外れなレビューだった。フィクションはあくまでフィクションである。子どもと言っても、現実とフィクションの区別くらいできるだろう。このレビューを書いた人の神経が理解できなかった。  もう一つ五つ星のレビューがあった。レビュワーの名前はナオちゃんを称える会となっている。もしかしたら、あの掲示板を運営している人かもしれなかった。タイトルは「ナオちゃんのファンは必読」と銘打ってあった。  正直なところ、前半はつまらなかった。しかし、後半からナオちゃんの活躍が描かれる。ナオちゃんの犯罪行為が見事に再現されている。ノンフィクションでは物足りなかった同志たちに勧めたい。  嫌な予感がして、僕はナオちゃんを称える会の掲示板を開いた。多くのユーザーが『人間ごっこ』を評価していた。褒められているのだが、どこか薄ら寒かった。 ――ナオちゃんみたいに何も感じない人間になりたい。 ――ナオちゃんに近づけた気がする。 ――ナオちゃんみたいに人を殺してみたい。 ――クラスのみんなを殺したい。 ――全部、燃えろ!  学校や社会に対する憎悪が続々と書き込まれている。僕は嫌気がしてブラウザを閉じた。急激に体温が下がっていくような気分だった。  不意に不安を覚え、本屋に並んでいる『人間ごっこ』を手に取った。最後の方に「逮捕されるんだったら、もっと殺しておけば良かった。教室でクラスメイトを惨殺とか面白いと思いません? みんな、私のせいで死ぬんです」というセリフがあった。  たんに沢村の異常性を際立たせたくて書いただけだ。それにもかかわらず、自分が書いたセリフが耳元に響き、僕は眩暈に襲われた。  
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