第二章 模倣

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 朝の会が始まる前に胡桃は眠い目を擦りながら熱心に宿題を解いていた。進学校の宿題はやたらと多い。  胡桃が丸をつけていると足を引きずるようにして、萌香が教室に入ってきた。上履きではなく、緑色のスリッパを履いている。 「スリッパって動きづらい。ほんと運が悪い」  萌香は不満を言いながら、胡桃の隣にある席に座った。 「なくなったの?」 「他のクラスの下駄箱まで探したんだけど、全く見つからなかった」  仏頂面のまま萌香は足をヒラヒラさせた。 「誰かが隠したのかな?」  二人があれこれ話していると礼愛がやって来た。 「おはよう!」  礼愛の声はいつも通り大きかったが、小さい声で二人は「おはよう」と返した。 「どうしたの? 元気ないよ、二人とも」 「靴がなくなったの。こんなことある?」 「なにそれ。昨日、ちゃんと下駄箱に入れたんでしょ?」 「それはそうだけど」  朝の会が始まり、担任の坂上が萌香の件について取り沙汰したが、誰も名乗り出ることもなく、靴が見つかることもなかった。  昼休みになって、胡桃はリュックからコンビニで買ったおにぎりと野菜ジュースを出した。 「最近、コンビニばっかだよね? それじゃあ、栄養、偏るよ」  礼愛の弁当にはプチトマト、玉子焼き、鮭などが入っていた。いかにも栄養について考えられた弁当だった。 「最近、お母さんの体調が悪くて」  胡桃は咄嗟に噓をついた。体調が悪いわけではないが、母親は弁当をつくってくれなくなったのである。ある男のせいで。 「早く良くなって欲しいね」  礼愛が笑うと萌香も小さく頷いた。ある意味で、胡桃は良くなって欲しいと願った。  萌香がぼそぼそとご飯を口に入れている中で礼愛はモグモグと鮭を食べた。 「靴、誰のせいなんだろうね」  礼愛は既に食べ終えていた。 「あの子に決まってる!」  萌香は右の方を向いて目配せをした。その視線の先で野口が本を読んでいた。じっと見るわけにもいかず、胡桃は萌香の方へ向き直った。  中学生の頃から萌香と野口は仲が悪かった。挙動不審な野口を萌香は「気持ち悪い」と罵っていた。そのたびに、野口は嫌そうな顔をした。  それでも、胡桃は野口が靴を隠したとは思えなかった。野口にそんな勇気があるはずがないと決めつけていた。
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