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放課後になり、二人が並んで歩いていると後ろから野口もついてきた。萌香が歩くスピードを速め、胡桃もそれに従った。
それでも、野口はスタスタと追いかけてくる。腹を立てた萌香は「ついてこないで!」と言い放って走り始めた。
美術準備室に入ると萌香が「あっ」と声を出した。胡桃は驚きのあまり、何が起こったのか分からなかった。萌香のキャンバスの上に上履きが置いてあった。萌香は靴を取り出して履き替えた。
萌香は野口を見るなり、上履きを見せつけるように右足を前に出した。
「ねえ、なんであんなことしたの?」
野口は黙ったまま、答えなかった。
「ふざけないで! なんで靴があそこにあったの?」
萌香は美術準備室にあるキャンバスを指差した。
「あのー、何のことですか?」
「だから、靴がキャンバスの上にあったの? あんたがしたんでしょ。こんなことして楽しいわけ?」
「ごめんなさい。でもー、わたし、そんなことしていません」
萌香が一方的に当たり散らすのを見ていられなくなった胡桃は二人の間に立った。
「二人ともやめようよ。まだ、野口さんが悪いと決まったわけじゃないんだから」
「そうだね」
萌香は納得していないようだったが、野口を振り切ってイーゼルを組み立てた。野口はその場にポツンと立っていた。
二人が座っている位置とは反対側で野口が絵を描いていた。胡桃は野口を意識しないようにした。
長くて黒い髪が顔を覆っている。胡桃は眼鏡の奥にある小さなガラス玉のような目が自分を見つめているような気がした。萌香が野口を忌み嫌うのも分からないではなかった。
野口が席を外すと萌香が反対側にあるイーゼルに回り込んだ。萌香は「気持ち悪い」と言いながら、胡桃に手招きをした。
胡桃は野口の絵を見て、思わず口に手を当てた。
小学生くらいの少女が体育座りをしている。その周りを無数の目が覆い尽くしていた。目は充血していて、やけに血管が細かく描かれていた。背景は真っ黒に染められ、より一層不気味さを醸し出している。
「中学のときから、変な絵、描くよね。気色悪っ」
萌香はオーバーにゲロを吐く仕草をした。
「確かに感じのいい絵ではないよね」
まだ絵の具が乾いていなかった。萌香は野口の筆を取って、キャンバスに近づけた。
「流石にそれはやめよう」
胡桃が止めたおかげで、萌香は筆を元の場所に戻した。
廊下からパタパタと音がする。野口がトイレから帰ってくることを察した二人はそれぞれの持ち場に戻った。
野口は顔を強張らせながら、絵を描き続けていた。
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